戦後70年を迎え、日本は安定した東アジアをつくるために、歴史認識問題を巡る相克をどう乗り越えればいいのか。京都産業大学教授の東郷和彦氏(元駐オランダ大使)は、「道徳的高み」を目指すことが、日本の戦略的立場を強化することにつながると説く。(インタビュー・構成/『週刊ダイヤモンド』論説委員・原英次郎)

――歴史認識問題は戦争責任と深く関わっています。第2次世界大戦では、日本は誰に何をしたと理解すればよいのでしょうか。

尖閣諸島の問題は共存の知恵を探ることが理にかなっているが、中国の既得権益と化している領海侵入だけはやめさせなくてはならない
Photo:JMSDF

  この問題を考えるときに、2つの視点で見る必要があります。1つは先の大戦で日本はいろいろな国と戦ったが、日本との関係はみな違っていたということです。その違いが、やはり今の歴史認識問題に反映しているということです。

 第1のカテゴリーとしては、アジアがあります。アジアの中でも、日本の植民地だった朝鮮と台湾、それから圧倒的に攻め込んだ中国、さらに1941年に太平洋戦争が始まって、攻め込んだ東南アジアです。当時、日本は帝国主義で、アジアは支配された側になります。

 第2のカテゴリーは、1941年に戦争を始めた米、英、オランダなどです。日本から見ると、広い意味で同じ帝国主義。帝国主義の間の利害を調整しようとして、ずっと外交交渉で解決しようとしてきたが、それに失敗して軍事力に訴えました。それまでの国際法から見れば、日本にほとんど問題はありません。

とうごう・かずひこ
1945年生まれ。68年東大教養学部卒後、外務省入省、主にロシア関係部署を歩き、条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使などを経て、2002年退官。10年から現職。近著は『危機の外交』(角川新書)。

 第3のカテゴリーが、日ソ中立条約がまだ有効であるにもかかわらず、それを一方的に破棄して、終戦間際の8月8日に攻め込んできた、ソ連(現ロシア)です。

 だから、アジア諸国との関係はいろいろあるけれども、基本的に日本は加害者。米、欧との関係では対等な戦争当事国。ソ連との関係では、日本は被害者だと整理できるでしょう。

――しかし、歴史認識問題を巡る中国、韓国との対立が深刻で、容易に解決はできないように見えます。

 それがもう1つの視点で、その背景には、戦争に対する国際社会の見方が変化してきたということがあります。大昔は別として、17世紀半ばにヨーロッパでウエストファリア体制が成立し、国民国家が確立してくると、勝った方は賠償金と領土を獲得する形で、戦争を終わらせるようになりました。