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佐高 信の「一人一話」

喜劇の中にある奥深い哀しみ 渥美清の「寅さん」

佐高 信 [評論家]
【第31回】 2015年10月13日
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塀の中の懲役たちも虜にする「フーテンの寅」

 『男はつらいよ』は必ず一人で観た。たいてい泣かされるからである。

 この映画のファンには本当にさまざまな人がいる。獄中20年の元赤軍派議長、塩見孝也は塀の中で「寅さん」を観て、以来、のめりこんだ。“籠の鳥”の不自由さが、よけいにフーテンの寅への想いをかきたてたのだろうか。

 塩見によれば、獄中では「寅さん」シリーズが大人気だったという。

 「寅はまた振られたか。あの時ヤレばよかったのに」とか、「今度はマドンナは誰だ」と懲役たちはわがことのようにかまびすしかった。

 塩見は『「リハビリ」終了宣言』(紫翠会出版)の中で、これはと思う人には「寅」論を吹っかけることにしていると告白しているが、大の寅ファンだったので我が意を得たと書いている金日成にも吹っかけたのか?

 「寅はあらゆる懲役達にとって人気者であり、彼らがどれほど潤いを与えられ、慰められ、そのお笑いで憂さを晴らしたかは特筆大書すべきである」と強調する塩見は、獄中で、「寅」の正体は救済者で、マドンナは苦悶する民衆の美的典型であり、これは変革の映画だ、などと講釈したらしい。

 「笑いとはアンバランスにあり」と主張し、しがない流れ者で三枚目の寅が外見とは反対にピュアな心を持ち、だいそれたことに、マドンナ=民衆に惚れ、これを救済し、その代償に失恋するところに笑いの本質とその質の高さがある、などと説いていたというのだが、聞いている懲役たちは眼をシロクロさせていたに違いない。

 こんな「だいそれた」寅論を正面から吹きかけられたら寅は恥ずかしそうに首を振って、「それほどのもんじゃありませんや」と立ち去って行くだろう。

 塩見が、山田洋次監督を領袖にあおいで、「寅さん党」をつくれば世直しができるのではと夢想したりしていることを知れば、山田も苦笑して離れていくのではないか。

 この塩見と私は同じ清瀬市に住んでいたことがある。共に自転車でスレ違ったりした。

 すると塩見は大声で、「サタカさん、カクメイの話をしよう」と呼びかけるのである。道行く人も振り返るし、これには閉口した。

 度を越えた真面目さは喜劇になる。多分、塩見の時計は学生時代で止まっているのだろう。

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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