ダイヤモンド社のビジネス情報サイト

新安保法はなぜ泥沼の論争に陥ったのか(下)

山元 一・慶応義塾大学教授インタビュー

ダイヤモンド・オンライン編集部
2015年10月15日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

>>(上)より続く

9条の存在が政府に対する
“歯止め”になっている

 確かに、9条には普通の法律問題とは違う、難しい面がある。自衛隊の成り立ちからして、非常に不安定な法的基礎の下に次第に認められてきたという経緯があり、“9条があってもここまでできるのなら、9条は必要ないじゃないか”という感じる人もいるでしょう。しかしだからこそ9条、特にその2項の重要性が増すと思うのです。

 9条は死んでいないと言いましたが、9条が今日持ち得るメッセージは、国はやはり戦力を持たない(戦力不保持)のが、原点にある理想である、ということです。そうであるなら、軍事力を持ったり、それを増やそうとしたりする政権は、それが「どうしてもやむにやまれないのだ」ということを、国民に向かって厳格に証明し続けないといけない。「軍事力を増やそうとする側が、必死にその必要性を説明せよ」ということです。これは、今までもそうでしたし、これからも重要です。

 政権の側は不当な拘束だと思っているかもしれませんが、それは2つの点で誤りです。

 1つは、日本が過去に歴史的な過ちを犯しているということ。歴史認識に関する安倍首相の談話の中で、「日本は最終的に国際秩序に対する挑戦者となった」という表現を使っていましたが、これは悪い意味での「挑戦者」だったということですよね。やはり日本が戦前の体制ときっぱり切れているということを、国の内外に向かって何度も確認しないといけない。

 2つ目は、防衛問題は国民がコントロールするのが難しい、ということです。情報はどうしても政権の側に偏ってしまいますから。しかも、ひとたび国が軍事力のコントロールに失敗すると、取り返しのつかない事態になります。この点は、どんな立場の人でも認めることでしょう。それを自覚しなければならない。

――9条の存在が一つの歯止めになっているという考え方ですね。

 そうです。9条があるが故に、政府は常に厳しく見られていくわけです。その枠組みを今後も守っていく方が、これからの日本にとってはプラスなのではないか、間違えた対応にならないのではないか。

 ですから、“集団的自衛権を認めたかったら憲法改正しろ”というのは、私からすると挑発的に聞こえるところがあって、そのような主張に一種の危うさも覚えるのです。9条が改正されてしまうことは、あまりにもリスクが大きい。現行の9条があると、やはり皆――少なくとも“不安を感じる国民”は、「平和が大切だ」とリマインドしますから。それは欺瞞だと言う人もいますが、そのことが持っている重要性や、私たちに与えている根本的な安心感というのは、あるのではないでしょうか。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事


DOL特別レポート

内外の政治や経済、産業、社会問題に及ぶ幅広いテーマを斬新な視点で分析する、取材レポートおよび識者・専門家による特別寄稿。

「DOL特別レポート」

⇒バックナンバー一覧