「幸せ食堂」繁盛記
【第十五回】 2015年11月10日 野地秩嘉

大井町に、繊細な味の大阪風お好み焼きあり
つまみも豊富で、清潔な風情は好感度高し!

「勤めることはない。好きなことをやればいい」と夫は言った

 お好み焼きの店「瀧」は大井町にある。駅を降りて、イトーヨーカドーの裏、商店街の外れにある。値段はリーズナブル。一皿の量は多い。

 カウンターとテーブルの店で、店内は清潔そのもの。掃除が行き届いている。主人兼料理人兼サービス係りは瀧村希未絵。

 瀧で出すのは大阪風のお好み焼きだ。客が作るのではなく、1枚ずつ、彼女が焼く。メニューはお好み焼き、焼きそばだけではない。彼女自身が生のさばを買ってきて酢で締めたしめさば(650円)、同じく、あじ酢(550円)といったものや白バイ貝の煮つけ(900円)、チリコンカン(500円 クラッカー1枚付き)、スペアリブ(850円)まである。

 彼女は鉄板でお好み焼きを作り、横で焼きそばを炒める。ビールの栓を抜き、日本酒を注ぎ、つまみを盛りつけて出す。てんてこ舞いしているようだけれど、焦りを顔に出さず、にこにこしながらやっている。手際もいい。素人が初めて作った店とは思えない。

「私の主人は普通のサラリーマンです。私自身は旅行会社のOLと看護士で計22年、働きました。結婚したのは6年前、その時に東京に引っ越してきたのですが、いくつかの店でお好み焼きを食べてみたのですけれど、ちっともおいしいと思わなかった。それで、自分でやることにしたのです」

 瀧村夫妻に子どもはいない。東京に来て自宅を買ったので「本来なら住宅ローンを返すために勤めなくてはならなかった」のだが、夫は「勤めることはない。好きなことをやればいい」と言った。

 しかも、夫はこう続けた。

「やってみて、店がうまくいかなかったら、自宅を売ればいい。それよりも、50歳になったから自分たちの夢を優先しよう」

 話の分かる夫を持った瀧村は幸せ者だ。しかも、夫は仕事が終わった後、自宅でひとり食事をし、それから店の片づけを手伝いにやって来る。そして、ふたりは夜道を肩を寄せ合ってうちまで帰る。夫婦の幸せとはそういうものだ。夫婦の幸せを感じる店が瀧だ。

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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