「お客様のクレームから絶対逃げてはいけない」日本マイクロソフトの変革Photo by Shinsuke Horiuchi

組織改革の肝は、「シンプルな方針で縫い代を見つけ、
強力なリーダーシップで縫い付ける」

 トップがなすべき「組織改革」とは、同じ会社なのに別な方向を向いている社員がいたとしたら、“袖”をしっかりつかみ、互いを引き寄せ、両者が重なりあうことができる縫い代を見つけ、そこを「社長という名の強力なミシン」で縫い合わせることだ。

 現場の人たちは、自らの意志で違う方向を見ているのではない。そうさせる組織の仕組みや弊害が必ずあるのだ。それを破壊するには、全部門が一緒になってやらなければ実現しない課題を、トップ自らが主導して実現してみせることだ。強権で仕組みを改めるだけでなく、社員一人ひとりの実践が旧弊を打破したと実感させる。それが組織の血流を飛躍的に回復させる。

 ダイエーも日本マイクロソフトも、私が社長に就任した時は、片や経営不振で再生中、片や業績安泰の違いはあっても、組織の状況は似たようなものだった。ダイエーが歩んだ衰退の道を、日本マイクロソフトが将来歩んでしまわないか、と不安に感じた瞬間もあった。

 組織はどんどん硬直化し、社内の論理と世間の常識とのギャップが拡大し、タテ割り組織によるセクショナリズムが横行し、客観的な視点を持てなくなる。自分たちがズレていることにも気がつかなくなる。各部門が自分の足下しか見ないまま、バラバラに動いていた。

 例えば、当時ダイエーでは購買部門と店舗オペレーションは完全に分離してしまい、店舗は、セントラル・バイイングで本部の購買部門が選んだ商品を唯々諾々と売っていくしかない状態だった。店舗に届く生鮮品は、店に到着したときにはくたびれ始めていた。地元の農家と組んで新鮮な野菜を提供しようとしても、本部購買部門の絶大な力にはじき返されていた。

 ダイエー改革のために試みたことはたくさんあるが、最も力を注いだのが、社長直轄の「新鮮宣言」プロジェクトだった。かつてのダイエーは、「野菜はどこにも負けない」と言われていたが、私が入社した当時、最もクレームが多かったのが野菜だった。私は、「競争力のある新鮮な野菜を、収穫から1日で店頭に並べる」というシンプルな目標を掲げた。だが、これを実現するには商品(購買)、物流、店舗、人事、店舗ペレーション、販促などすべての部署が一体にならないと実現できない。

 プロジェクトのメンバーには本部と社員と店舗従業員の約20人を選んだ。彼らは、これから挑むダイエーの意識改革の「触媒」であり、「改革伝道者」になる人たちだ。

 私は、会議は社長室ではなく、通常業務が行われているフロアの、少し狭めの会議室で開くようにした。小さな声でも聞き取れ、互いの熱意が伝わる距離感が大事だと思った。「彼はそう言っているが、君はどう思うの」と、どんどん質問していく。一方で、「よし、それやろう。ダメなら修正すればいい」と思い切って決めてしまう。

 トップリーダーが率先垂範して決断し、責任を負う姿を見せる。メンバーは元々野菜のプロたちであり、使命感も強い。そうなるとどんどんアイデアが飛び出してくる。こうなれば、手を放していても組織は自然に回り始める。

 実験店での試行を経て、全店に拡大できたとき、それまでは野菜をひっくり返して鮮度を確認しながら買っていたお客さまが、何も見ずにかごに入れるようになっていた。「ここの野菜は新鮮だから確かめなくても大丈夫」と言ってくれた。ダイエーのなかで、一つスイッチが復活した瞬間だったと思う。

 一方、マイクロソフトに入社して、ビル・ゲイツやスティーブ・バルマーのダイナミックな経営に驚愕する半面、日本マイクロソフトにもダイエーと同じように、天下を極めた企業ならではの傲慢さや組織硬直が起きていることに気づかされた。