マイクロソフトも陥った「成功体験の罠」Photo by Shinsuke Horiuchi

組織の衰退を招き、改革を阻むもの

 企業成長の最大の原動力は成功体験だ。同時に、企業改革を阻む最大の壁もまた成功体験である。このような例は、経営書を開けばごまんと出てくる。しかし、多くのケースがありながらも今なお、企業はそれを克服できない。

 振り返れば、私が社長を務めたダイエーもマイクロソフトも、そのような“宿命”から逃れられないでいた。何が組織の衰退を招き、変革を阻むのか。それを考えるキーワードは「成功体験」ではないかと思う。

 私は、2005年に産業再生機構入りしたダイエーの社長からの退任を決めると、多くの企業からのオファーをいただいた。そのなかの1つがマイクロソフトだ。

 マイクロソフトの幹部面接で、私は衝撃を受けた。

 変化や進化に対する危機感と自分たちの弱さを常に認識・共有し、そして変革に取り組む。この経営姿勢、経営に対するレベルの高い考え方は他の企業と比較にならないほど圧倒的だった。それに感銘を受けて、私はマイクロソフト日本法人の社長就任を受諾した。

 マイクロソフトの経営は、まずはとにかくスピードが速い。本社レベルの幹部でも、ローカルの事情を詳細に理解しており、部下に任せる部分はあっても、トップが詳細を理解していることでスピード感と正しい経営判断、そして組織の活性化を生み出していた。来日したビル・ゲイツやスティーブ・バルマーが、移動中のハイヤーのなかでハンバーガーを食べながら、「樋口、あの案件はどうなっているのか」などと質問しながら次々と決断していく様は、日本ヒューレット・パッカードやダイエーの社長を経験していたとはいえ、「経営者とはここまでやるのか」という強い衝撃を受けたものだった。

 だが一方で、こういうこともあった。インターネットでのオンライン広告が一般的になってきた頃、携帯電話の情報ページに出稿される広告は北米では全然ない時代に、日本では既にiモードなどで広がり、携帯の広告がオンライン広告全体の広告費の10%を超えていた。当時、マイクロソフトの幹部会議でスティーブとこんな会話になった。

 スティーブ「携帯電話のこんな小さな画面でユーザーが広告を見るわけがないだろう。こんなものが収益源になるとは思えないね」

 樋口「日本ではオンライン広告費の10%が携帯になっている。これからどんどん携帯にシフトしていく感じがする。こうしたモバイルを軸にした方向にITは進化していく可能性がある」

 スティーブ「日本は、(世界のIT発展のパターンとは)ちょっと違う国だからね」