「あれも大事、これも大事」と悩むのではなく、「何が本質なのか?」を考え抜く。そして、本当に大切な1%に100%集中する。シンプルに考えなければ、何も成し遂げることはできない――。LINE(株)CEO退任後、ゼロから新事業「C CHANNEL」を立ち上げた森川亮氏は、何を考え、何をしてきたのか?本連載では、待望の初著作『シンプルに考える』(ダイヤモンド社)から、森川氏の仕事術のエッセンスをご紹介します。
「ユーザーの声」を聞きすぎると危険
ユーザーが求めるものを提供する──。
これが、ビジネスの鉄則。だから、ユーザーの声を商品開発に活かすことはきわめて重要です。市場調査、ユーザー・ヒアリングはもちろん、ユーザーから寄せられるクレームも企業にとっては重要な資産です。
しかし、ここに落とし穴があります。ユーザーは、必ずしも自分が本当に必要としているものを知っているわけではないからです。だから、ユーザーの声を聞き過ぎることによって、ユーザーが求めているものから遠ざかってしまうことがあるのです。
日本の製造業は、ユーザーの声に真摯に向き合ってきました。
その声に応えるために、機能を加えたり、商品ラインアップを増やしたり、バグを潰すなど営々と努力を続けてきた。いわば、長い長い坂道をコツコツと登り続けてきた。そして、世界に冠たる高品質のプロダクトを生み出してきたのです。
しかし、ユーザーが教えてくれるのは、あくまでも「今あるもの」に対する要望や不満です。つまり、ユーザーの声に対応することで、「今あるもの」を磨き上げることはできても、それだけでは、「今あるもの」から大きくジャンプする、イノベーティブな発想を生み出すことはできません。
一方、アップルはどうやってイノベーションを起こしてきたのか?
当然、彼らもiPodやiphoneを開発するときに、市場調査を行ったはずです。しかし、それにとらわれ過ぎず、スティーブ・ジョブズが「ほしい」と思うものを、一切の妥協をせずつくり上げた。その結果、「今までにないもの」が生み出され、それを手にしたユーザーは「これこそ、自分が求めていたものだ」と気づいたわけです。イノベーションとは、そういうものです。
ユーザーは「答え」を教えてくれない
しかし、ジョブズは天才です。凡人が「自分がほしいもの」を追求しても、ジョブズのような結果を出すことはできません。では、どうすればいいか? 僕は、ユーザーの声を表面的に聞くのではなく、それを掘り下げて考えることだと思います。
たとえば、以前、ゲームをやめてしまったユーザーにその理由を尋ねたことがあります。すると、「飽きたから」と応えた人が非常に多かった。そこで、僕たちは「なぜ、飽きるんだろう?」と考えました。
そして、さらにユーザーに聞きました。すると、少しずつわかってくる。「飽きた」と言うけれど、実は、ゲームに負けたときにやめてしまう人が多かった。あるいは、お金でアイテムを買った人と戦ってイヤな気分になったという人もいました。
では、そういう気持ちにならないゲームとは、どんなゲームか? そのように、ユーザーの声を掘り下げて考えることによって、ユーザーが本当に求めているものが少しずつ見えてくる。そうやって新しいゲームのアイデアが生み出してきたのです。
LINEの企画開発チームも、スマートフォン・ユーザーの綿密な市場調査を実施しました。そして、「無料電話機能」「写真共有機能」などを求める声があることを把握していました。しかし、彼らはあえてそれらの機能を盛り込まず、シンプルなメッセージ機能のみでサービス提供を開始しました。
なぜか? 当時、スマートフォンがまだ普及し始めたばかりのタイミングだったからです。多くの機能を盛り込むと、スマートフォンを使い慣れていないユーザーにとってわかりにくいものになってしまう。だから、彼らは、核となる価値は、電話帳でつながっているリアルな関係性のなかで、最もシンプルに最も速くメッセージを交換できることと定義。そして、その価値を磨き上げた結果、世界中の人々に、「これがほしかったんだ」と思ってもらえるサービスを生み出すことに成功したのです。
ユーザーは「本当の答え」を教えてはくれません。
だから、ユーザーの声を表面的に聞くだけでは「道」を間違えます。大事なのは、ユーザーの声を深く掘り下げて、「ユーザーが本当に求めているものは何か?」を自分の頭で考え抜くこと。それが、イノベーションを起こす方法だと思うのです。