『もしイノ』は最新の組織論をも解説してくれている

入山『もしイノ』はドラッカーの著作のなかでも『イノベーションと企業家精神』がテーマですが、これは起業家だけでなく、あらゆるビジネスマンにも非常に参考になると思いました。この本を読みながら感じたのですが、岩崎さんって、人間の心理を考えるのがお好きですよね。

経営学者は『もしイノ』をどう読むか?<br />世界最先端の組織論との共通点<br />岩崎夏海(いわさき・なつみ) 1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として多くのテレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。著書に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)など多数。

岩崎 自分では意識していなかったのですが、言われてみると確かにそうかもしれません。

入山 チームのマネジメントは、結局のところ心理学の問題です。もちろん、人間はそこそこ合理的だという経済学的な考え方も説明力を持ちますが、ルールやペナルティを課すだけでは組織は回りません。組織論を深めるほど、メンバーの心をどう動かすか、の話になるわけです。これは日本人にしてみるとごく当たり前のことかもしれませんが、海外では結構今熱心に研究されているトピックなんですね。

岩崎 そうなんですね!

入山 詳しくは僕の新刊『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』に書いてあるのですが、経営学的には、人間のモチベーションは大きく2種類に分けられると言われています。ひとつが、報酬や昇進、評価といった外部からの働きかけが動機となる「エクストリンジック・モチベーション(外発的動機)」。もうひとつが、自分が心からやりたいと思ったり、おもしろい、貢献したいと感じたことが動機になる「イントリンジック・モチベーション(内発的動機)」です。最近の研究によると、組織を運営するにあたって大切なのは後者だと言われています。それで、『もしイノ』の主人公の夢ちゃんが担う「居場所を与える」という仕事は、まさに典型的なイントリンジック・モチベーションの喚起なんですね。

岩崎 なるほど、確かに! 『もしイノ』では、「居場所」が非常に重要なキーワードとなっています。

入山 これから読む人も多いでしょうからあまり詳しくは言えませんが、チームメイトの仕事内容を個性に合ったものに変えてあげることで、再びやる気を出すシーンがありますよね。あれも、「モチベーションの源泉は人それぞれだから、組織としてマネージすることが大事である」という経営理論的な考え方にぴったり当てはまります。『もしイノ』はいま世界の経営学者が考えている組織論と、おそろしく親和性が高いんです。ドラッカーだけでなく組織論まで見事に書かれたな、と舌を巻きました。

岩崎 ありがとうございます。ドラッカーは文学性が高く言葉に力があるので、読んで心に染み入る反面、そこで満足してわかった気になってしまう人が多いとも言われているんですよ。そのため、せっかくドラッカーの思想を学んでも、実生活に落とし込むところまでいかない。「ビジネス書を読んで満足して終わってしまう」という面でビジネス書批判が強まっている昨今、僕が目指したのは、ドラッカーの読み方をレクチャーすることでした。

入山 ドラッカーをレクチャーするんじゃなくて、読み方を。なるほどなあ。そのほうが汎用性は高いですよね。

岩崎 あくまで、実行のモデルや考え方のプロセスを提示することが、『もしドラ』および『もしイノ』の主眼です。「『もしドラ』を読んでもドラッカーはわからない」と批判されることもありましたが、そもそも、そこを目指していないわけです。

入山 そう考えると、「野球」という題材がいいですね。ビジネスを題材にしたら身近すぎますから。「大企業の女性課長がドラッカーの『マネジメント』を読んだら」なんて小説、リアルすぎて読みたくないかも(笑)。

経営学者は『もしイノ』をどう読むか?<br />世界最先端の組織論との共通点<br />

岩崎 ええ。なにかを理解するためには寓話性があったほうがいいし、突飛な設定のほうがかえって腹に落ちるんです。うん、そうですね、女子マネージャーっていう距離感はよかったかな。そうそう、『もしイノ』を書く前は、ダイヤモンド社のみなさんは「前作の主人公であるみなみの続編」だと考えられていたそうです。「大学生なのか? 社会人なのか?」って。でも、僕にとって主人公は女子高生しかあり得なかった。

入山 へえ。どうしてですか?