2015年10月に合意に達したTPP交渉で、日本は米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖など、重要5品目について「聖域」を守ることに成功した。それは日本農業に影響を与えないことを意味する。にもかかかわらず、巨額の農業対策予算が組まれようとしているのはなぜか。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁氏が解説する。
TPPは国内農業に
全く影響を与えない
農業界は、TPP交渉における“例外なき関税撤廃”の要求におびえ、TPPへの大反対運動を展開した。その結果、米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖など、重要5品目について関税撤廃の例外とすることが実現した。すると農協はTPP反対運動から、国内対策の獲得へと運動方針を転換した。
TPPは、乳製品の一部を除き、国内農業に全く影響を与えない。農業界の意を体して、日本の交渉者は上手に交渉した。一部の農家に影響があると言う声を紹介しているメディアもあるが、多くの農家は、農業政策、とりわけ複雑な農産物貿易制度について、確かな知識を持っているわけではない。農林水産省が世論を意図的に誘導しているとしたら、国内対策を獲得するために、影響がないのに影響が出るかもしれないと述べていることになるのだ。すでに、15年度補正予算で、約3000億円の農業対策予算が組まれている。
TPP交渉以前に、農産物については、全体の24%の品目がすでに税率ゼロ、48%が20%以下となっている。今回、関税が撤廃される品目の現行関税は、ニンジン、ダイコン、キャベツ、レタス、ホウレンソウなどは3%、玉ねぎ8.5%、キウイ8%、サクランボ8.5%、ワイン15%、オレンジ16%(みかんとダブる期間は32%)、オレンジ果汁21~30%、リンゴ17%、である。
これらは重要5品目ではなく、関税撤廃を想定していた品目だ。しかも、この2年間で、為替レートは50%も円安になっている。つまり、100円で輸入されたものが、今は150円で輸入されていることになる。ある産品で49%の関税が撤廃されたとしても、輸入品の価格(150円)は関税込みの2年前の価格(100円+49円=149円)よりも高い。49%以下の関税が撤廃されても、農業に影響はない。これは38.5%の関税が、9%に削減される牛肉にも言えることである。
牛肉については、91年に輸入数量制限を廃止したときの関税は70%だった。現在の関税はその約半分に下がっている。しかし、和牛生産は、自由化前の18万トン程度の水準から23万トン程度へと増えている。乳用種に影響が出るかもしれないが、生産額が少ないので、財政で補償しても大きな金額にはならない。乳用メス牛から和牛を生ませる受精卵移植も普及している。
豚肉については、業者は高い関税と低い関税が併存している複雑な関税制度をうまく利用し、4.3%の関税しか実際には払っていない。これがゼロになったとしてもほとんど影響はない。
米については輸入枠の拡大をしたが、輸入量と同等の国産米を買いあげて備蓄米として処理する。財政負担はかかるが、国内の米の需給には全く影響はない。