TPPの国会承認と署名が目前に迫っている。TPPをめぐり、日本において最も大きな問題となったのは農業分野、特にコメの輸入拡大だった。だが現在の政府のやり方では、消費者のメリットにも、そして生産者を育てることにもならない──農業経済学を専門とする伊東正一・九州大学大学院教授はそう断じる。
消費者のメリットを犠牲にし
国内生産も先細りの悪循環
昨年(2015年)の10月に政府間合意に至ったTPP交渉だが、食料部門において日本政府は「国内への被害をぎりぎりのところまで抑えた」という表現をして、TPPがいかにも一般大衆に害を与えるようなイメージを醸し出している。だが、農産物輸入の拡大で、最もメリットを受けるのはほかならぬ消費者であるはずである。
これは食料の分野のみならず、医療などの分野でも同じことが言えよう。国内の生産者サイドは政府も含め、消費者のメリットを犠牲にして自分たちのこれまでの“特権”を守ろうという姿勢がある。本当に消費者を守ろうというのであれば、また、自分たちの生産した商品に自信があれば、海外からの輸入を自由化し、その選択を消費者に委ねるべきである。
今回の交渉で最も時間のかかった項目の一つであるコメについてその内容を見ると、初年度に米国から5万トン、オーストラリアから6000トンの枠を設定し、13年後までにこの枠を徐々に拡大してそれぞれ7万トン、8400トンとする、というもので、合計8万トン近くの枠拡大となる。これを、政府に輸入米を売る輸入業者と輸入米を買う卸業者が売りと買いの価格をあらかじめ相談して決め連名で入札する、SBS方式(同時売買契約)として輸入するとしている。
しかし、ガット・ウルグアイラウンドで1994年に最終合意され現在に引き継がれているミニマムアクセス米(MA米)*の、年間76万7000トンの輸入米の中にSBS米の枠が10万トンあるが、これに人気がないとされている。この新たなTPP枠も応札がないであろう、との見通しが強い。仮にそうなると、消費者には何らメリットがない。
だが、本当にそのようなものなのであろうか。確かに、これまでのSBS米の輸入実績(図1)を見ると、この2年間は10万トンの枠に対して1万トン余の輸入である。そこで、すでに実施されているSBS米輸入における政府のやり方を、よく見てみたい。
◆図1:SBS米の輸入量推移(2005~2015年度)
*ミニマムアクセス米:外国産米全体に高関税を課す代わりに、政府が一定量の外国産米の輸入を無関税で行うもの。1994年のガット・ウルグアイラウンドでは、政府がコメ輸入の関税化を拒む「特例措置」を選んだため(1999年に関税化に移行)、代償としてより多くの輸入枠を負うことになった。