部下がブチ切れて課長を殴り飛ばした事例

 問題が表面化しやすいもう1つのケースは、家族関係・恋人関係に問題を抱えている部下です。

 こちらも、1つの事例を紹介します。

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不動産業を営む中小企業での出来事です。
ある男性社員は父親の介護をしていましたが、
それを上司に話していませんでした。
妻とは数年前に離婚し、父親と2人で自宅に住んでいました。
日中はデイサービスやヘルパーを利用し、所定勤務時間後はすぐに退社。
課長や同僚が飲み会などに誘っても、断り続けました。
「つきあいの悪いヤツ」「アルバイトでもやってるのかも」。
周囲は噂しました。
ところが、介護が1年を越えた頃から、
精神的、肉体的な疲労が限界に達します。
仕事中に居眠りをしたり、
物件を間違えてお客様に案内してしまうといったミス、
書類の誤字脱字も目立ってきました。
そんな折、ある会議の席で課長が、
その男性部下に向かってこんなことを言います。
「最近ミスが多いぞ。夜遊びはほどほどにしろ」
するとその部下は、課長の首を絞め上げ、顔面を殴りつけました。

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 この課長は軽い気持ちで注意をしたつもりでしたが、介護につかれた部下の心に余裕などなく、爆発してしまったのです。人事が仲裁に入って面談をしたところ、その部下が1年以上も父親の介護を続けていたことがようやくわかったのです。

 会社で過ごす時間は、1日の3分の1にすぎません。課長は、目の前の部下の様子を仕事の軸だけで判断しがちですが、当然ながらそうとは限りません。

 「仕事にプライベートを持ち込んではいけない」とか「部下のプライベートに踏み込んではいけない」ということと、仕事にも影響が出るくらい大きなプライベートな問題を抱えている部下を放っておくことは、別問題です。課長が「仕事に悪影響が出ている」と感じた時点で、課長が口を出しても良い状況だと判断してください。

 パチンコ店の事例では、レンタルDVD店からの度重なる督促やキャバクラ通いという部下の行動を、上司が「アラート」として察知できなかったことが、横領・失踪という結果につながったと言えます。部下のだらしなさを放置するということは、そのだらしなさを認めていることと同じです。会社のお金を任されている部下の金銭管理がだらしなかったら、それを見逃してよいはずはありません。

「相談に乗る」という形なら角が立たない

 とはいえ、介護の事例などを考えれば、プライベートかつデリケートな話題に触れるかもしれない部下へ、どのように話しかけたら良いかは悩ましいところです。そんな「放っておけない」と思った部下へのアプローチとしては、相談にのるという形で話しかけると、角が立ちにくいでしょう。

「何か悩みでもあるのか」
「最近集中力が落ちているようだが、何か気になることでもあるのか」
「私でよければ相談にのるよ」

 まずはそんな言葉で話しかけ、少しずつ様子を探っていきましょう。

 部下が家族関係に問題を抱えているような場合、課長は、それとなく「最近よく眠れているか」「食事をきちんと食べているか」などと声をかけてみてあげてください。「長くはならないから」とランチに誘ってみるのも良いでしょう。そこでもし「実は……」と打ち明ける流れになったら、個別に面談をして、一度じっくり話を聞いてみてください。

 事例の介護のケースでも、様子が変だなと思った時点で声をかけていたら、結果は違っていたはずです。「最近疲れているみたいだが、大丈夫か」という聞き方をしてあげていたら、「すみません、実は父親の介護で……」とこぼし始めたかもしれません。

 そうすれば課長は、この部下の仕事の負担を軽くすることもできるでしょう。あるいは、毎日早く帰ることについて課内で事情を共有できれば、本人の精神的な負担はずいぶん軽くなったはずです。

神内伸浩(かみうち・のぶひろ)
労働問題専門の弁護士(使用者側)。1994年慶応大学文学部史学科卒。コナミ株式会社およびサン・マイクロシステムズ株式会社において、いずれも人事部に在籍社会保険労務士試験、衛生管理者試験、ビジネスキャリア制度(人事・労務)試験に相次いで一発合格。2004年司法試験合格。労働問題を得意とする高井・岡芹法律事務所で経験を積んだ後、11年に独立、14年に神内法律事務所開設。民間企業人事部で約8年間勤務という希有な経歴を活かし、法律と現場経験を熟知したアドバイスに定評がある。従業員300人超の民間企業の社内弁護士(非常勤)としての顔も持っており、現場の「課長」の実態、最新の労働問題にも詳しい。
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。
神内法律事務所ホームページ http://kamiuchi-law.com/