作品を読むことで作家の思考を推測する

佐渡島 あと、三木さんの本(『面白ければなんでもあり』)で超共感したのが、「作家より作品に詳しくなりたい」。これは僕の普段の思考法と同じです。

 僕が安野モヨコさんとか信頼関係を築いている様子をみて、プライベートでも仲がいいからだと思われることがあるのですが、プライベートでの付き合いはほとんどありません。僕は他の作家ともプライベートではあんまりベタベタしなくて。

三木 『ぼくらの仮説が世界をつくる』でも、一緒に美術館へ行ったというエピソードが書かれてましたよね。

佐渡島 そうですね。それも作品の取材として見に行っているんですよね。

三木 あぁ、なるほど取材で。

佐渡島 取材として目的があっていくことがほとんどで、「今日、美術館行くんだけど一緒に行きます?」みたいなことは絶対に起きないわけですよ。

三木 「今日飲みに行く?」みたいなノリではない、と。

佐渡島 大学の友達と、美術の趣味が同じだから一緒に行くっていう関係性ではありません。安野さんの作品をすごくしっかり読みこんでいる。だから、安野さんだったら、こういうとき、こういうふうに反応するよなっていうことを、作品から推測しています。この映像化をどう思うか、このグッズをどう思うかも、作品から推測できます。

 僕が安野さんの代わりに、企画の是非を決断するときがありますが、それは友達として仲が良いからではなくて、作品を深く読み込んでいるからできることなんです。

 その関係性は、安野さんだけでなく、他のすべての作家さんでも同じです。

 同じ漫画を繰り返し読んでいく中で、新しい発見を何度もしていく。気がつくと、作家の思考がちょっとだけこちらに乗り移ってきます。そういう読み方をして作家よりも作品に詳しくなることが、編集のやることだって僕は思っていますが、同じ感覚の人はなかなかいなくて、三木さんはジャンルは違うけど、作家との関係性が同じだ! と思いました。

三木 僕も、そういった時間をもっとも大切にしたいと思っています。ただその時間がいま圧倒的に足りてないので……反省ばかりなのですが。

 3年前くらいに、僕も同じようにお声がけしたい作家がいて、その作家には7~8社から声がかかっていたのですが、僕の誠意を汲み取っていただけたのか、「一緒にやらせてください」と言われたときはうれしかったですね。それと同時に、「絶対に売らなければ」という責任もものすごく強く感じました。

3時間で1万冊売る方法

三木 僕がこの本(『ぼくらの仮説が世界をつくる』)を読ませていただいて、なるほどこれはやらねばと思ったのが、美容院400店に2冊ずつ『宇宙兄弟』を送った話ですね。この宣伝施策は、本にも書かれてはいるんですけれども「やってもやらなくても違ってなかったかもしれない」ということを理解した上で動いているのがすごく大事で。

佐渡島 ありがとうございます。

三木 というのも、この行為によってわかることってむちゃくちゃあると思うんです。この規模で宣伝したら、どれぐらい効果があったかがアンケートはがきの比率でわかるし、どれくらいの労力がかかるかもやったから分かる。でも、やらなければ絶対に分からないことですから。

 やっぱり担当編集なら、自分だったら何ができるだろうっていうことを考えるべきだと思うんですよ。それを最も表現されている動き方だなっていうふうに思います。ちゃんとコストも考えていらっしゃいますし。いいなぁと思ったので、もし今僕に部下がいたら、これは是非読んでもらいたい。

佐渡島 本当ですか(笑)?

三木 だって僕これ読んで速攻で担当作家にメールしましたから(笑)。「これ読んで気づいたんだよ。だからいろいろこれからも頑張っていこうと思ってるから!」って。

 今はまだ言えないのですが、新しい小説シリーズの宣伝企画に応用することを決めています。こういったところからハレーションは起こると思うんですよね。

佐渡島 美容院が絶対的に正しい場所というわけではなく、作品ごとに送り場所は違うと思います。ただ、でも正しい場所でPRすると、全く結果が違うのだということを最近、実感しました。投資に興味がある人たちが集まっているサイトでインベスターZを限定販売することにしたんです。三田さんのサイン入りを、1000セット。11巻なんで、1万1000冊を売ることになりました。

三木 1000部サインしたんですか?

佐渡島 三田さんが「する!」って言ってくださって。

三木 大変だ!

佐渡島 実は、そこまで注文がこないと思っていたのです。来ても数百部という予想で受けました。そうしたら、3時間で完売。

三木 本当にすごい。

佐渡島 3時間で1万1000冊、現実の場で売るって無理じゃないですか。だから正しいコミュニティに届けるっていうのは、すごく正しい営業活動なんだと思いました。もっともっとこういう事例を増やしていきたいし、リアルでもネットでも、こういうことはたくさんできると思っています。

三木 あれは本当に参考になりました。

佐渡島 ところで、三木さん。聞きましたよ、独立されるんですって?

 はい、このたびは佐渡島さんの成功した姿を拝見し、僕も一念発起してみました。

佐渡島 それは、すごくうれしいです! 独立すると、仕事がさらに楽しくなりますよ。作家エージェント業が、日本に増えていく方が、作家にとってもいいし、エンターテイメント全体の仕組みも良くなると僕は思っています。

 なので、三木さんのようなトップの編集者が、エージェントとなり、作家側の立場で仕組みづくりをする会社が誕生するのは、コルクにとっても心強いです。今年、聞いたニュースの中でもだんとつにうれしいニュースです!

三木 これは誤解なきよう、声明しておきたいのですが、決して前の会社とケンカ別れしたとか、仲が悪くなって退職する……とか、そういうわけではまったくありません。それどころか、元の電撃文庫の職場でこれからも仕事をさせていただけるようなので、本当に電撃文庫編集部には感謝しています。

佐渡島 そうなのですね。

三木 作家は魂を削って作品を創り上げています。その魂の作品に寄り添い、より“面白いほう”を目指して作りあげたコンテンツを、『作品第一主義』で考え、より適合したベストなパートナー、ベストな宣伝施策、ベストなファンサービスを……と考えていると、どうしても出版社社員であるとできないこともあるのは事実で、この決断に至りました。もちろん、出版社内でないと、できないこともたくさんあるんですけど。

佐渡島 出版社にいる時、作家のことを最優先して考えているつもりでした。三木さんもそうだと思います。でも、やっぱり立場や視点が違うと思いつくことが全く違うんですよね。作家エージェントになると、今の三木さんが全く発想しないようなことが思いつくようになると思います。

 当たり前ですが、三木さんと僕は違う人間だから、三木さんの会社は根っこはコルクと同じでも、違った会社になっていくのだと思います。僕は、その姿に刺激を受けそうです。いいライバルが現れて、こんなに仕事の楽しさが増えることはないですね。全力で応援します。

三木 僕個人的には、これからのコンテンツは、無限にある媒体からベストな施策を選択していくことが大事だと思っています。つまり、『媒体を編集する』……それが、未来の編集者に求められていることだと考えています。

※明日に続きます