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ユニーク企業の仰天戦略

「わさビーフ」社長が語る、普通の味のポテチを作らない理由

曲沼美恵 [ライター]
【第4回】 2016年6月2日
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眠気を誘うとろんとした目が愛嬌の、いかにもやる気のなさそうな牛。そんなキャラクターが人気の「わさビーフ」をご存じだろうか?「カルビー1強」と言われるポテトチップス市場でも、わさび味と言ったらコレ。東京都板橋区に本社を置く、山芳製菓の商品である。

和の食材「わさび」と洋の食材「ビーフ」を掛け合わせた斬新な発想。「つんピリ」と呼ばれる独特の味は、1987年の発売以来、「山芳派」と呼ばれる熱狂的なファンを獲得することにも貢献してきた。看板商品の生みの親、会長兼社長の山崎光博氏に詳しい話を伺った。

山芳製菓・山崎光博会長兼社長 Photo by Toshiaki Usami

わさビーフ誕生のきっかけは
アメリカで食べた「ローストビーフ」

――会社の創立は1953年、二代目でいらっしゃいますね。

山芳製菓の看板商品「わさビーフ」
Photo by T.U.

 「山芳製菓はもともと父が立ち上げた会社です。私は大学を卒業して不二家さんに勤めさせていただいた後、1982年に専務という立場で入社しました。何もわかんないのに偉そうにいろいろと口出しをしていましたから、最初の頃は誰も付いてこなかったですよ。眠れない夜が続きました。

 父とはさんざん、ケンカをしました。入ってすぐに変えてもらったのは手形取引です。日本の中小企業はいまだにほとんどが手形取引で、土地・家屋を担保に入れた個人保証をしているでしょう。それを止めようと言ったら、やれるもんならやってみろ、と大げんかですよ。その頃は経営理念も経営計画もなかったですから、若手経営者の育成塾みたいなところへ行って、そういうのを作ってみたりもしました。

 ポテトチップスに関しては当時、すでに大きな会社がいくつかありましたので、もう、出る幕はないですよというようなことを言われたりもしましたね。とんでもないところに入っちゃったなとは思いましたけれど、そういう状況ですから、やはり、他が出さない商品を出さなくちゃということで必死になって考えたのが、わさビーフだったんです」

――「わさビーフ」の発売は1987年。キャラクターの「わさっち」も、当時としては画期的なゆるキャラだったのではないでしょうか。

山芳製菓のキャラクター「わさっち」。発売当時は「わしゃビーフ」だった
Photo by T.U.

 「やる気のない目でねぇ(笑)。こんなにやる気のない目でいいのかよって、デザイナーさんに言ったんだけど。『これからはこういう癒し系がトレンドですよ』って言うものだから、そうかなあ、と思って。時代に応じてちょっとずつマイナーチェンジもしていまして、最初のパッケージには胴体も入ってたんですよ」

――パッケージにも書いてありますが、開発のきっかけは、山崎会長ご自身がアメリカのレストランで食べたローストビーフにホースラディッシュが添えてあったことだったとか。

 「そう言うとかっこいいんだけど、そんときは暗中模索ですよ。あれを試したり、これを試したりしている時に、たまたまコンソメとわさび、2つの味を掛け合わせたらおいしいぞ、となった。そういえば、あの時食べた味に似ているなあとは思ったかもしれないけど、そんなに理路整然とした話じゃありません。まずは、とにかく作ってみただけのことです」

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曲沼美恵[ライター]

1970年生まれ。大学卒業後、日本経済新聞社に入社。2002年からフリーに。近年はビジネス誌やウェブサイトで、ルポルタージュやインタビュー、コラム等を執筆。近著に『メディア・モンスター:誰が黒川紀章を殺したのか?』(草思社)がある。仕事に関する情報はブログでも紹介中。「ニュース」より「人」に興味あり。

 


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