「正しい」と思うことを主張すれば、味方が現れる

 そして、僕はF1チームが”ヴェルサイユの池”のように感じられました。

 世界中から精鋭が集められたチームですから、僕は、そこには丁々発止の緊張感がみなぎっていると想像していました。ところが、熱の入った議論は思ったより少なく、既定路線の延長をひたすら頑張ってしまう。やんちゃな大人が集まっているはずなのに、なぜか妙に大人びて訳知り顔でいる。健全なコンフリクトを感じずに、予定調和が支配しているように感じたのです。

 そこには、万年中位のチームにありがちな「自分が何をやっても変わらない」という閉塞感も漂っているように思いました。いわば、現状追認。まるで、ヴェルサイユの鯉。だから、僕は、それをかき乱すナマズになろうと思いました。

 もちろん、何でもかんでも議論をふっかけるわけではありません。
 自分が正しいと思ったことは、どんなに少数意見であっても強く主張する。F1の素人でしたが、自分なりによく考えたうえで「これは、いける!」というアイデアであれば、ひるむことなく堂々と口にする。チームが間違った判断をしていると思ったら、率直にそれを言ってみる。そんな、いわば当たり前のことを、徹底的にやってやろうと思ったのです。

 その機会は、すぐに訪れました。
 僕の考案したフロントウィングが、ベテラン勢の大反対を食らったのです。
その形状が「美しくない」というのが理由でした。

 自然界で飛翔する生物は美しい形状をしている。美しくないものは、空気力学的な性能が出ないので生き残れないのだ、と。たしかに、それは真理かもしれません。しかも、僕の提案したフロントウィングは、たしかに不格好なデザインでした。

 ただ、それには明確な理由がありました。
 すべてのF1チームに義務づけられるルール集(レギュレーション)の規定により、僕のアイデアを実現するためには、どうしても不格好に曲げざるを得ない部分があったのです。だから、僕は真っ向から反論。僕に言わせれば、不自然なのは人間がつくったレギュレーション。それに合わせた結果、不自然な形状になるのは、むしろ自然ではないか、と主張したのです。

 もちろん、不格好であっても、そのフロントウィングで効果が出ることは、コンピュータ・シミュレーションで解析済。むしろ、誰もがレギュレーションの制約を意識するがために、他のチームからは絶対に生まれないゼロイチのアイデアだと確信していたのです

 しかし、F1経験の浅い僕の主張を、ベテラン勢はほぼ全否定。でも、不思議と孤立はしませんでした。そんな僕の姿勢に共感してくれるチームメイトが現れ、アイデアの実現に力を貸してくれるようになったのです。これは、嬉しかった。そして、レースカーに実装されることが決定。なんと、その不格好なフロントウィングを採用したレースでチーム初の表彰台に立つことができたのです。

 これは、一緒に働くメンバーたちに、それなりのインパクトを与えたようでした。
 僕のような新参者で、かつ英語もろくに話せない人間が、ベテラン勢の反対を押し切って、しかも結果まで残したのです。それを見て「俺だって」と思う人が現れないはずがありません。僕の不格好なウィングを、もっとスマートな形状に置き換えるべく執念を燃やす人も出てきました。そして、チーム内で「率直な議論」がかわされる機会が増えることによって、徐々にではありますが、組織が活性化する場面に遭遇するようになっていったのです。