イギリスのEU離脱に影響した
心理学的「空気」とは?

 本連載「黒い心理学」では、ビジネスパーソンを蝕む「心のダークサイド」がいかにブラックな職場をつくり上げていくか、心理学の研究をベースに解説している。

英国民のEU離脱選択に潜む「心理的ワナ」全世界が「イギリス国民が自主的に決めた」と捉えたEU離脱。しかし、心理学的に見ると、ある種の「空気」に流された末の決定のようにも見える

 ここのところの国際ニュースは、イギリスのEU離脱とISを中心とするテロの話がほとんどだ。

 イギリスのEU離脱を決めた国民投票は、接戦だったのもあり、また影響がグローバルに波及することでもあるため、大きなニュースとなっている。

 興味深いのは、離脱派の多くは50歳台以上で、残留派には若い世代が多いという統計結果だった。

 なぜ、そういう結果になるかについては、いろいろな原因があるだろうが、ひとつ言えることとして、50代以上の世代は、EU加盟前のイギリスと加盟後のイギリスを比較する視点を持てるのに対して、若い世代はその視点は持ちにくい、ということが挙げられる。

 EU加盟後、比較的経済的に安定し、賃金も高く、社会福祉も充実しているイギリスには、毎年大量の移民が他のEU加盟国から流入していた。イギリスは国家としてEUに加盟している以上、移民流入を阻止することはできず、もともとのイギリス国民と同じ社会サービスを提供しなくてはならない。

 そのため、イギリスはイギリス人以外の移民を、自分たちの税金で養う負担が徐々に大きくなっていった。新しく増える住居数以上の移民が押し寄せるため、不動産価格が高騰し、家賃も上がる。本来すぐに治療しなくてはならない患者が運び込まれる救急治療室(ER)では3時間待ち、4時間待ちが当たり前、通常のクリニックでは1か月待たされることもままあるという。

 移民が不正に社会福祉を受け取るニュースも何度か流れ、EU加盟前を知っている人々が、離脱派になる感情も理解できる。

 だが、離脱するとEU加盟前のようになるかというと、その可能性は低いと言わざるを得ないだろう。若い世代は、その点を冷静に見ている。経済的なディスアドバンテージは大きくなり、貿易上不利になる事態も多い。

 実際、金融市場は敏感に反応して、ポンドは急落し、イギリス関連株は下がっている。学問やスポーツの世界でも、問題は起こるだろう。EU内の選手とEU外の選手では扱いが違うため、例えばプレミアリーグの多くの優秀な選手が、外国人枠のために、プレミア以外のリーグへの移籍を与儀なくされるだろう。

 イギリスの大学は、世界トップ大学ランキングをアメリカとともに独占しているが、実は多くの研究者がEU内のほかの国から来ているという。私の同僚が元いたイギリスの一流大学では、その部署の3分の1はドイツ人研究者だったという。スポーツ同様に、こういった一流の人材が国外に流出してしまう危険がある。

 こういったEU離脱に伴う光と影の分析は、多くの人がもっと正確に指摘しているので、これくらいにしたいが、筆者が目をつけるのは、いったい何が残留派、離脱派を決めたのか、その意思決定のメカニズムである。

 社会心理学が強調するのは、意思決定における「状況の力」である。その状況とは社会的な状況を意味する。つまり「空気」や「雰囲気」と呼ばれるものだ。