それにしても、ヨーダもヨーダだ。ブラッドと面識があるなら、そうだと教えてくれてもいいのに!

「いらっしゃいませ」

店内の雰囲気の変化を察したのか、バックヤードから伯父も顔を見せにやってきた。「グローブ教授、いつも夏帆がお世話になっております。伯父の吉郎です。なかなか難しい性格の姪ですが、どうかご指導をよろしくお願いします」

なんとも伯父らしくないセリフだ。ヨーダはうんうんと深く頷いて答えた。

「ナツもブラッドも、2人ともイェールでは優秀そのものじゃよ。この2人が店を手伝ってくれておるとは……。ヨシロウさんもずいぶんと幸せ者じゃな、ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ」

ヨーダは上機嫌で高笑いを続けている。

「ヨシロウさんは、さながら〈モーメント〉のフィル・ジャクソンといったところじゃな」

ヨーダはニコニコとしながら言った。高校時代にバスケ部だった私は、フィル・ジャクソンの名前くらいは知っていた。アメリカのプロバスケットボールリーグNBAの名監督として知られる人物だ。マイケル・ジョーダンを擁するシカゴ・ブルズ、コービー・ブライアントのロサンゼルス・レイカーズを何度もタイトルに導いたことで知られている。

「ジャクソンは、ジョーダンやブライアントのような飛び抜けた能力を持つスター選手たちを巧みに束ねていった。個性あるプレーヤーが自己中心的なプレーに走りすぎたら、バスケットでは勝てんからの。ナツやブラッドが力を合わせるまでには、ヨシロウさんの苦労も並大抵のものではなかったはずじゃ、ふぉふぉふぉ」

「いえ、私はとくに大して何もしておりませんので――」

伯父はいつもの無表情のまま、短く答えた。ヨーダもなかなか油断のならない男だ。私がブラッドとの関係に苦労していることや、伯父がまったくやる気を見せないことを知っているくせに……。

「チームや組織を動かしていくうえでは、自我が邪魔になることがある。日本語ではセルフレスネス(Selflessness)を意味する『滅私』という言葉があるそうじゃな。

ナツ、以前にブリューアーの研究を紹介したときに、マインドフルネス瞑想は自己へのとらわれを司る後帯状皮質の活性を低下させるという話をしたのを覚えているかな?この点を発展的に解釈すれば、マインドフルネスはより高度なチームワークを生み出す可能性もあるぞ。後帯状皮質の活動を抑えれば、理論的には『自分が、自分が』というエゴも顔を出しづらくなるわけじゃからな。

多くの一流企業が瞑想を取り入れはじめている理由の1つはここにあるんじゃないかとわしは睨んでおる。ちなみに、フィル・ジャクソン監督も禅マスターとして知られておってな……」

いつのまにか店でレクチャーがはじまっていた。周りのお客さんたちもいったい何ごとかとヨーダに視線を向けている。夢中で話していたヨーダもさすがに店内の空気の変化に気づいたらしい。

「はっ、いかんいかん……。ついクセで講義をはじめてしまったわい。ふぉふぉふぉ」

照れ笑いを見せた彼がいつものようにモジャモジャ頭をかくと、ジャケットの脇が破れて、大きな穴が空いているのが丸出しになった。本人は一向に気にする様子はなさそうだが、どういうわけか私のほうが恥ずかしくなる。

その後もブラッドは甲斐甲斐しく注文をとったり、ベーグルを運んだりと、ヨーダのそばを離れなかった。何やら親密そうに話し込んでいる。

私は気に入らなかった。

「(私とブラッドが力を合わせるって、何よ。そんなの、ありえない……)」