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医療・介護 大転換

虐待にもつながる「抱き上げ介護」がなくならない理由

浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]
【第59回】 2016年8月3日
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日本特有の介護手法「抱き上げ介護」

 6月下旬に米国東海岸の高齢者施設への視察で、日本との違いをまた見せつけられた。入居者の部屋で見つけた「床走行型のリフト」である。移乗介護の際に使う。

米国のケンブリッジ市の高齢者施設で居室にあった「床走行型リフト」。ベッド脇に置いて入居者を乗せて車椅子に移す

 施設運営に携わる視察同行者から「あれは何ですか」「初めて見た」という声もあった。日本ではあまり知られていないからだ。

 日本の高齢者介護は、16年前の介護保険の施行以来、急速に進歩した。4人の雑居部屋の施設が個室に変わり、本人から直接声を聞くようになった認知症ケア、それに高齢者虐待防止法も成立した。いずれも介護保険法第一条に謳われた「尊厳重視」の考えから生まれた具体策だ。

 スウェーデンやデンマークなど北欧の福祉先進国の施設を見て回っても大差ないほどレベルは向上しつつある。各居室の広さの差は仕方ないにしても、設備面では浴槽の有無しか違いはないようにみえる。

 だが、見逃してはならない日本特有の遅れた介護手法がまだ残っている。「抱き上げ介護」である。高齢者をベッドから車いすに移譲する際に、抱き上げる。車椅子からトイレの便座に移す時も、あるいは入浴時も同様だ。「せーの」「イチ、ニ、サン」「よいしょ」と声を発しながら持ち上げて下ろす。力仕事だ。

 1日に多くの入居者に何回も同じ動作を繰り返す。そのため、職員の腰痛が職業病としてすっかり定着してしまった。新米職員が苦情を言えば、管理者から「技術が未熟なんでしょう」「腰痛がおきて一人前です」と叱られる。ベテラン職員にとって「抱き上げ介護」は当たりまえの業務である。

 職員だけでなく、抱えられる方も実は苦痛に耐えている。職員の両手が脇の下に強く入ると、高齢者の弱い皮膚が擦過傷や皮膚剥離を招き、指跡が残るほど赤黒く変色してしまうこともある。肋骨が折れ、転倒の危険も高い。

 抱き上げた職員にはその苦悶の表情が見えないだけだ。自分の肩に、後ろ向きの高齢者の頭が置かれるから、その表情は全く分からない。しばしば見かける両手が拘縮した姿も、実は、外からの強い力を拒もうと力むことから始まるという。つまり、抱き上げ行為は身体的虐待にもつながる。

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浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]

あさかわ・すみかず/1948年2月東京都中野区生まれ。東京都立西高校から慶應義塾大学経済学部に。1971年日本経済新聞社に入社。小売り・流通業、ファッション、家電、サービス産業などを担当。87年に月刊誌『日経トレンディ』を創刊、初代編集長を5年間勤める。93年流通経済部長、95年マルチメディア局編成部長などを経て、98年から編集委員。高齢者ケア、少子化、NPO活度などを担当。2011年2月に定年退社。同年6月に公益社団法人長寿社会文化協会常務理事に就任。66歳。

 


医療・介護 大転換

2014年4月に診療報酬が改定され、ついで6月には「地域医療・介護総合確保推進法」が成立した。これによって、我が国の「医療」「介護」大転換に向けて、第一歩が踏み出された。少子高齢化が急速に進む中で、日本の社会保障はどう大きく変革するのか。なかなかその全貌が見えてこない、医療・介護大転換の内容を丁寧に解説していく。

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