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田中秀征 政権ウォッチ

土壇場で逃げ出し、地位保全に奔走する
菅首相が「憧れの高杉晋作」に近づける日は来るか

田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]
【第54回】 2010年10月21日
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 10月18日の毎日新聞の『風知草』。山田孝男氏の筆が冴えている。

 「菅と高杉の違いを探り抜いてこそ、混迷する政局の本質が見えてくるのではないか」にはびっくりした。

 菅直人首相が、かねてから高杉晋作の大ファンであることは知られていた。内閣発足直後にも自ら“奇兵隊内閣”を名乗った。自分を“高杉晋作”と位置づけたのである。

 しかし、山田氏は、菅首相と高杉晋作には大きな違いあると思っているようだ。そのため、私の発言や著書(『梅の花咲く―決断の人・高杉晋作』)から多くを引用してくれている。

菅直人首相は「憧れの高杉晋作」ではなく、
その対極にある「赤根武人」に似ている

 私は、菅首相は、高杉晋作の対極にある人と思っている。要するに正反対の人間ということだ。だから高杉に大きな憧れがあるのだろうと思ってきた。

 菅首相はむしろ高杉と対決した赤根武人によく似ている。だから私は今も赤根武人にならないように願っているが、最近はますます赤根に近づいてきている。

 赤根は岩国の医者の子として生まれて赤根家の養子になった。高杉の英国公使館焼き討ちにも加わったし、奇兵隊の創設にも参加した。

 しかし、土壇場になると巧妙に逃げるところを吉田松陰は見抜いていた。攘夷戦争のときも奇兵隊を逃げ出して故郷で情勢を観望していた。

 幕府寄りの俗論党長州藩政府を倒すために、高杉はたった1人で立ち上がったが、これに猛反対して立ちふさがったのが、当時奇兵隊総督をしていた赤根であった。

 赤根は、藩政府を支配する俗論党と、それに対決する高杉ら正義党の中に入り、両派が和解する「正俗一和」を説き、奇兵隊総督であるにもかかわらず俗論党と通じたのである。

 結局高杉は、80人あまりの少数精鋭の“功山寺挙兵”で藩政府を倒し、明治維新への決定的な一歩を踏み出すのだが、挙兵前に赤根を一喝している。

 「赤根、貴様は何をいっているか。敵(幕府)に向かう時に身内の議論が二分していれば敗けるに決まっている。異論を包み込めばそれだけ力が弱まるのだ」

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田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

1940年長野県生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒業。
83年、衆議院議員初当選。93年6月、新党さきがけ結成、代表代行。
細川政権発足時、首相特別補佐。第一次橋本内閣、経済企画庁長官。
現在、福山大学客員教授、「民権塾」塾長。


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かつて首相特別補佐として細川政権を支えた田中秀征が、期待と不安に溢れた現政権の動向を鋭く斬り込む週刊コラム。刻一刻と動く政局をウォッチしていく。

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