マイクロソフトでマーケティング・ディレクターを務めていたとき、たまたま訪れたネパールの奥地で「本のない図書館」に出くわして衝撃を受け、教育資源が不足している途上国の子どもたちに教育機会を届ける決意をしたジョン・ウッド氏。この春、自身2冊目となる著書『僕の「天職」は7000人のキャラバンになった』を上梓したウッド氏が、4月17日に再来日を果たす。それに先立ち、「教育」にかける想いを語ってくれた。
ルーム・トゥ・リード創設者兼共同理事長。クリントン・グローバル・イニシアチブのアドバイザリー・ボードメンバー。
コロラド大学で経営管理学修士、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院で経営管理学修士を取得。1999年にマイクロソフトのマーケティング部門の重役の座を捨て、ルーム・トゥ・リードを設立。アジアとアフリカの10カ国で780万人以上の子どもに教育と読み書き能力という生涯の贈り物を届けている。最新刊『僕の「天職」は7000人のキャラバンになった』には、前著『マイクロソフトでは出会えなかった天職』の“その後”が描かれている。
《ルーム・トゥ・リードの実績》(2013年3月現在)
学校建設 1500校以上
図書館・図書室開設1万5000カ所以上
現地語出版 874タイトル
女子教育支援 2万人以上
Photo: Sergio Villareal
貧しすぎて教育を受けられないが、
教育を受けなければ貧しいまま
夜が明ける30分前、インドシナ半島を流れるメコン川沿いの狭い岸を、ひとりの少女が走っていた。穏やかな水面をのぞき込み、目にもとまらぬ速さで片腕を水に入れたかと思うと、銀色の魚を1匹つかみとり、白いひもで腰に結びつけた袋に押し込む。11歳の少女インカムは夢中で漁を続け、20分間で家族5人分の朝食を捕まえた。「これでお母さんにほめてもらえる」。
インカムの家族は毎朝5時に起き、かまどに小枝をくべて米を炊く。兄は薄い毛布をたたむ。家にはベッドが1台しかなく、家族5人はここでくっついて眠る。そうすれば寒い夜をかろうじてしのげるからだ。
インカムは川をあとにして、大またで家をめざす。早く帰れば、朝食の前に宿題ができる。もっと早く帰れば、学校の小さな図書館から借りてきた大切な本を読めるかもしれない――インカムの瞳はきらきらと輝いている。
ラオスと聞いて、インカムのような喜びと希望を連想する人は多くないだろう。内陸国のラオスは、世界でもとりわけ貧しい地域のなかにさらに埋もれ、国際社会からずっと孤立してきた。貴重な外貨を稼ぐ天然資源はほとんどなく、観光業も、タイの海岸やカンボジアの寺院、ベトナムの麺など、近隣諸国の魅力にかなわない。
それだけではない。ラオスは、1960~70年代に隣国を戦場としたベトナム戦争の打撃にいまも苦しんでいる。アメリカ軍は、ラオス領内を移動するベトナム軍の補給路となったホーチミン・ルートを断つため連日にわたってラオスに爆弾を投下し、いまもその国土にはたくさんの不発弾が埋まっている。
ラオスの国の運命は、そのままインカムの運命になってもおかしくなかった。しかしありがたいことに、僕たちは運命を覆う暗闇を払いのけることもできる時代に生きている。悪い結果を黙って見つめているのではなく、運命という言葉の意味を自分で変えられるのだ。