<物語>
全国に1000店舗を超える外食チェーン「K’s・キッチン」を展開する経営者(中川昌一郎)の娘・あすみは、幼い頃から「将来は父の跡を継ぎたい」との思いを抱いていた。そんなあすみが大学1年生になったとき、昌一郎から「大学4年間をかけて入社試験を行う」と告げられる。試験内容は、昌一郎のもとに寄せられた業績不振の飲食店からの経営上の悩みを、問題を抱えたお店で実際に働きながら解決する、というもの。やがて、あすみと意気投合した親友のはるか(昌一郎とは友達感覚の間柄)も一緒になって、業績不振店の改善に取り組み始める。小さな箱の中に「製造、流通、販売、PR、マーケティング、マネジメント、サービス」などのビジネス要素が詰まった飲食店の中で、人間関係の複雑さや仕事の難しさにぶつかりながら、2人はそれぞれのお店の再生に立ち向かう。
 

ストコン

翌週、いつものようにストコンに出かけた2人は『味樹園』の前に立ち、店構えを見ていた。
「何か和風チックな趣のある雰囲気がいい感じだよね」 
「そうだよね。でも、ちょっとメニューとか値段とかがお客さんに分かりにくい気がするけどね。うん、まぁ……とりあえず入ってみようよ」
「何? 何か歯切れ悪いね……もしかして緊張してんの?」
「うるさいっ!」
「まあまあ、はるか殿……しっかり頑張りたまえ」
あすみは意地悪そうな笑顔ではるかをいじった。さすがに今回、はるかもピンで取り組むのが初めてだけあって、緊張を隠せない様子がありありと出ていた。

ここは荻窪。JR中央線で新宿から15分くらいのところにある。どちらかというと住宅街だが、それなりにオフィスもあり、駅前は様々な飲食店で賑わっている。その賑わいから少し離れ、住宅街に差しかかった場所に『味樹園 荻窪店』がある。他の店舗は高円寺、吉祥寺、武蔵小金井にあり、武蔵小金井が本店。宇佐美の父親が開業してから35年。最近になって宇佐美自身が社長に就任し、店舗数を伸ばしている。

「いらっしゃいませ! 2名様ですか?」
感じのいい男性店員が気さくな笑顔で話しかけてきた。
席に案内された2人はくまなく店内を見渡した。
「ちょっとお洒落な感じのお店だよね。個室もあってさ。何か良くない? はるか」
「うん、そうだね。中に入ってみると値段もそんなに高くない感じはするよね」
「どんな感じで行く? たまにはビールでも行っちゃう?」
「あすみ~、あんた自分の担当じゃないからってさ……」
「え? だめだよ、はるか。ちゃんとお客さんと同じように頼まないとお値打ち感とかわかんないじゃん」
「ま、そりゃそうだけどさ。じゃ……飲みますか? 昌ちゃんのおごりだし」
「いえぃ! 私らもう大人なんだかんさ。すみませ~ん、生2つください」
あすみもはるかも既に21歳。お酒の味も覚え始めた2人のストコンは激論を交えた有意義なものになっていった。

店内は8割ほど埋まり、焼肉の香ばしい香りに加え、個室に通された2人にも他のお客様の楽しそうな声がそこかしこから聞こえてきた。
「で、どうよ。はるか。どんな感じ?」
「う~ん。どんな感じって言われてもさ……普通にいい感じ」
「だよね。悪いとこ全くないよね。お店的には」
「うん、そう。必殺のパターン」
「だよね。いちばん難しいパターンだよね。はるか行けるの?」
「行ける!」
はるかは自信満々に言い切った。

「やれるの?」
「やれる!」
「勝てんの?」
「負ける気がしねぇ!」
「お、ナイスはるか!」
最近の2人の掛け合いはこれがブーム。こうして最後にハイタッチするのだ。

「で? どうすんの?」
「うん、売り方自体は直すところ一杯あるよね。だから、バイトとして行ってもダメかも。ある程度、社長さんや店長さんと近い位置で取り組まないと難しいと思う」
「そうだね。私が以前に『大雅』ってお店でやったパターンだ」
「そう、それ。みんなで話し合いながら、もっと現状を理解しながら進まないとダメな気がする。だってさ、良いお店だもん。だからバイトで入っても普通に仕事してって感じになっちゃう」
「うん、いいんじゃない。明日、パパに話をしてみなよ」
「了解。そうする」