10月1日から始まった「緊急地震速報」。
どこかで地震が発生するや、震源に近い地震計で観測したデータに基づいて、各地での主要動の到達時刻や地震の規模を推定し、素早く知らせるものだ。
震源地からの距離にもよるが、自分のいる場所に強い揺れが来るまで数秒から数十秒という“準備”の時間が与えられる。この間に身の安全を確保する行動を取るよう、気象庁は呼びかけている。
事実、数秒といえどやれることはある。家庭でなら、頭を保護しながら丈夫な机の下などに隠れることができる。自動車の運転中なら、ハザードランプを点灯し路肩に停止することができる。
10月からはテレビ放送でこの速報を流す体制が整ったことを受け、テレビでもさかんに速報のデモ画面を流したり、「数秒間にできること」について啓蒙していた。
しかし、この速報を地デジ放送で受け取るとしたらどうだろう。前回指摘したように、地デジは2~5秒のタイムラグという宿命的な欠陥を抱えている。
揺れに備えるための時間の余裕は、一気に吹っ飛ぶ。地デジ視聴者は、明らかに不利益を被る構造になっている。それどころか、場合によっては命に関わる。
だが、この問題について、あんなに緊急地震速報の公報に熱心なテレビ局各局は、触れようともしない。
『週刊ダイヤモンド』6月2日号の特集「テレビ局崩壊」の中では、総務省による地デジへの完全移行計画の杜撰さについてレポートしている。放送のタイムラグといった技術面の問題だけでなく、そもそも2011年7月24日に現行の地上アナログ放送を停止し、地デジに全面移行するというロードマップがいかに無謀であるか、子細に検証した。
総務省は、現在日本に1億~1億2000万台あるテレビを、アナログ放送終了までの残り4年弱ですべて地デジ対応に入れ替えるという青写真を描いている。
現在、地デジ受信機の普及台数は2000万台を超えたあたりだが、過去の実績ではテレビの買い換え台数は年間1000万台程度。このペースではどう計算しても不可能な計画だ。最後は無料、あるいは格安のチューナーを配りまくるにしても、極めて困難な作業となろう。
一番の問題は、国民のだれが地上波のデジタル化を希望し、高額の自己負担が求められるような大がかりな計画を、いつ承認したかということである。なにより、本当に地上波のデジタル化は必要なのかという根本的な疑問も湧いてくる。
この疑問を解くには、時計の針を90年代初頭まで巻き戻さなければならない。
(『週刊ダイヤモンド』副編集長 深澤 献)