「驚いた時代になったものだ。隔世の感がある」
インドのタタ自動車が米フォード・モーター傘下の英ジャガーと英ランドローバーの2社を買収するとの報に、思わず唸ったのはトヨタ自動車の幹部である。
無理もない。1935年にA1型試作乗用車を完成させ、自動車メーカーとして産声を上げたトヨタが、現在の最高級ブランド「レクサス」につながる「セルシオ」を89年に世に出すまでにかかった歳月は54年。一方、タタはブランド買収により、わずか9年で世界の誰もが知る超高級ブランドを手に入れるのだ。
周知のとおり、タタは約27万円という世界最廉価のクルマ「ナノ」を開発した企業。また、かつての植民地国が旧宗主国の名門企業を買収するという構図であり、「現地メディアの過熱ぶりにはすさまじいものがある」(インド駐在の日系メーカー社員)という。
とはいえ「ビジネス的に成功するのか」という点では、首を傾げる業界関係者が多いのも事実だ。品質面の維持は特に懸念される。というのも、ジャガーの車種の大半はプラットフォーム(車台)やエンジンがフォード製。当面はフォードからこれらの基幹部品を供給してもらうが、将来の保証はなく、自前での開発力が早晩求められることになるからだ。
さらに、格安車と超高級車のみを抱えることになるいびつな車種構成では、相乗効果は望めず、そもそもフォードでさえ赤字続きだったブランドをタタが本当に再生できるのかという疑問は当然わき上がる。
だが、日欧米など先進国の自動車メーカーの常識だけに照らして、タタの失敗を予言してしまうのはこれまた早計だろう。
すでに中国などの新興国の民族系メーカーは出来合いの基幹部品を海外企業から輸入して組み立てて、格安なクルマを作るという新しいビジネスモデルを構築しつつある。
長い時間をかけてブランドを構築する従来の手法は一変し、今後は新興国の自動車メーカーによる先進国ブランド買収が急増する可能性がある。タタによるジャガーとランドローバーの買収はまさしくその試金石なのだ。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 山本猛嗣)