日本の技術の粋を極めた薄型テレビ。その一部が輸出できなくなる“危機”に直面した。
ディスプレイの光沢度合いを4段階に並べ、比較したもの。左上が光沢あり。日本メーカーは、光沢と不快感の関係を実験、規制撤廃を求めた |
原因は、世界共通の規格「国際標準」。高精細、高画質を際立たせる画面の光沢を、去年、欧州が規制したのだ。照明等の映り込みが不快感を引き起こす、との理由であった。パソコンで長時間作業する労働者を守るために20年近く前に作られた欧州規制を、テレビの画面にまで適用しようというのだ。日本国内のディスプレイ各社の必死の反撃で、規制は年内には撤廃される見込みであるが、「死活的問題だ」と日本の担当者は危機感を募らせた。
「国際標準」を決めるのは、主にISOなど3つの国際標準機関。いずれも、スイスのジュネーブに本部がある。多くの国が国境を接する欧州では100年以上前から各国共通の規格作りに取り組んできた。1995年、WTO(世界貿易機関)発足に伴い、輸出入や公的分野では国際標準に合致することが加盟国の義務となった。しかも標準を決めるのは1国1票の投票である。標準化の伝統に加え、国数の多い欧州には圧倒的有利である。日本は、技術力はあっても、国際標準化の競争でこれまで苦戦を強いられてきた。
そんな中で、巻き返しを図る、ある日本チームをわれわれ取材班は追った。
日本の技術を何としても国際標準に!
1000兆円の世界市場をめぐる戦い
1月末、インドの首都、ニューデリー。日本チームが緊張した面持ちでここを訪れた。東京電力、東芝、三菱電機、日本AEパワーシステムズの4社17人である。彼らが向かったのは、「インドの幕張メッセ」と呼ばれる国際会議場。ここで開催される電力分野の「国際標準化」シンポジウムに参加するためであった。参加者は世界から約300人。日本チームは次々と壇上に上がり、日本の誇る世界最先端の送電技術をアピールした。
日本が技術を完成させたUHV(超高圧送電)施設【群馬県にある東京電力UHV機器試験場】 |
それは、「超高圧送電」(UHV)技術である。上記の企業連合が30年以上かけて実現した巨大プロジェクトの成果で、現時点では世界で最も高い1100kVでの送電を可能にした。従来の4倍の電力をはるか遠くまで一気に送ることができる。これを中国やインドをはじめ、広大な国土を持つ国々に売り込めれば、今後20年間で1000兆円とも言われる世界の電力インフラ市場に参入できる。そのためには、国際標準化が不可欠というわけであった。
日本では、開発に携わった上記企業や大学、学会による、総勢33名のチームを3年前に結成。UHVに関する話し合いがあれば世界中どこへでもメンバーが手分けをして駆けつけ、情報収集をすると共に、日本の1100kVの技術力と完成度の高さをアピールするという大規模な人海戦術を取ってきた。なぜそこまでするのか? 実は訳があった。
電気、電力分野の国際標準を決めるIEC(国際電気標準会議)本部。スイス・ジュネーブにある |
IEC(国際電気標準会議)の国際標準には、既に1050kVと1200kVという2つの電圧が登録されている。しかし、30年も前に登録されていながら、技術は未だ確立せず使われていないなど、「名ばかり」の標準であった。開発の途中、あるいは開発に着手する前から国際標準に登録し、先に枠を確保しておくのは欧米企業では珍しいことではない。
日本としては、技術を完成させた1100kVが、これら名ばかりの標準とは全く異なることを世界に理解させ、国際投票で支持してもらうことが至上命題であったのだ。
中国を味方につけ、実績をアピール。
しかし、ライバル登場で思わぬ苦戦も
そこで日本が注目したのは、世界最大の電力市場を持つ隣国・中国。広大な国土をカバーする送電網の整備を急いでいた中国は、完成した日本の1100kVの技術を導入することをいち早く決めていた。そのことをアピールできれば、国際投票で支持を広げる上でプラスになると日本チームは期待していた。