中身のない政府高官発言で歯止めがかからず、1ドル=144円まで円安が進行
「円安方向に一方的に触れているので憂慮いたしております。円安が継続するということになれば必要な対応を取ります」 「それでは、日本政府が取りうる対応って何ですか? 為替介入のことですか?」「必要な対応の中身を問われれば、必要な対応は必要な対応ということでございます」わずか1週間で対ドル5円もの急ピッチな円安が進む中、先週水曜日の鈴木俊一財務大臣が報道陣との取材中での問答だ。
為替のボラティリティが高まっている中での政府高官による発言は、しばしば投機筋の動きを抑止するものだが、この発言は全くいただけなかった。そもそもこのような中身のない回答自体が恥ずかしい。「対応策は実は何もありません」「具体的に聞かれても困るんです」と国の一番の責任者なのに当事者意識ゼロの回答。「私に聞かないで下さい」とも聞こえた。この発言で、投機筋には円売りに対する安心感が一気に広がったと思う。要職の人はもっともっとコミュニケーション力をつけて、万事に対応する能力を磨いて欲しい。
年初から約30円もの円安が進行しても米国政府が沈黙している理由とは?
仮にドル円において為替介入するとすれば、事前に具体的な日米合意がないとできないことになっている。米国は介入には合意していないのだ。「おやっ、おかしいぞ?」と思われる皆さんも多いだろう。さよう、トランプ政権の時代は「円安は為替操作だ!」「日本を為替操作国と認定する!」とトランプ前大統領はまくし立てていたからだ。だが今のバイデン政権からはそのような言葉はひとつも出てこない。なぜか? 米国にとって円高・ドル安は都合が悪いからだ。ドル安になるとただでさえ厳しいインフレが一気に加速し、さらに危機に追いつめられる。だから、ドル高を容認している。どの通貨に対してもだ。国際決済銀行(BIS)が先週水曜日に発表した名目実効為替レートによると、新興国を含む幅広い通貨に対するドルの強さを示す指数が1996年の算出開始以来、最高となった。2020年3月の直近のピークを超えたのだ。米国の思惑通りの展開である。
私のコラムではこれまで何度も為替について述べてきた。皆さんも周知のように、今年初めの115円から今や144円と約30円も円安が進んでいる要因は、日米金利差の拡大に他ならない。米連邦準備理事会(FRB)は3月に政策金利を0.25%引き上げてゼロ金利を解除。5月に0.50%の利上げ、6月に0.75%の利上げ、そして7月にも0.75%の利上げとわずか4カ月で現在の中立金利である2.5%の水準に政策金利が並んだ形だ。前回の2015年12月から始まったゼロ金利解除からの利上げ局面では2.5%に達するのに3年かかっている。イエレン議長時代に3年かかったことをパウエル議長は4カ月で達成した。もちろんまだゴールに達したわけではなく、9月、11月、12月に開催される今後の米連邦公開市場委員会(FOMC)でさらなる利上げがおこなわれる予定である。
インフレ率低下による早期の利下げ期待が吹き飛び、相場は軟調な展開に
年初の115円から一直線に7月14日の139円まで下落した円安だが、8月2日には130円まで一気に円高に巻き返した局面があった。ミシガン大学が発表した5年先の消費者期待インフレ率において6月が+3.1%だったのに対し7月が+2.8%へ低下するという事態が起こったからだ。「5年先のことなんて、ほとんどアテにならないから信用するに足りない」と私は思うのだが、マーケット参加者は飛びついた。なぜなら一番の頭痛の種は「インフレ」。そのインフレ率が低下すれば、金融引き締めは緩やかになり景気減速も免れる。「金利は下がって、不安材料が消失だ!」ということで、米国の政策金利は来年早々にもピークアウトして、利下げモードになるという能天気なシナリオに転換したからだ。要するに日米金利差が縮小すると見込んで円高・ドル安が起こった。その一方、株式市場が急激な上昇を見せたのは記憶に新しい。NYダウは3万4000ドル台を回復、日経平均は2万9000円台を回復した。
しかし、ノーテンキな市場参加者たちにすぐに悪夢がやってきた。ジャクソンホールでのわずか8分40秒のパウエル議長の演説だ。「やり遂げるまでやり続けなければならない」とインフレ退治への決意を表明し、楽観派の早期の利下げ期待が吹っ飛んだ。株式市場は急落。「まだまだ金融引き締めは終わらない」との思惑から、為替市場では再び日米金利差拡大に着目した動きが144円を実現させたわけだ。日銀の黒田東彦総裁は「緩和継続以外に選択肢はない」と強調したため、ますます金利差拡大への確信が高まるばかりである。投機筋がこのチャンスを逃すはずがない。
実需の面でも円売りを誘う要因に
一方、実需の面ではどうか。貿易に絡むドルの需給も円売りを誘う要因だ。日本の7月の貿易収支(輸出額から輸入額を引いた金額)は1兆4367億円の赤字と12カ月連続の赤字となった。ロシアによるウクライナ侵攻を背景に、日本が輸入に頼るエネルギーや食料品の価格が一段と上昇し輸入額が膨らんでいる。日本の貿易決済において輸入の約7割が米ドルで決済されている。すなわち、輸入額が増えるとドルでの支払いが増える。ドルを調達するために日本企業が手元の円を売る動きが円安の要因となるのだ。
中小企業を中心に定着しているドル調達手法「ノックアウト・オプション」でもその影響が出ていると報じられている。ノックアウト・オプションを使えばドル調達の手数料が安くなるが、「想定を超えた円安になるとドル買いの権利が消滅する」という仕組みだ。140円を超える円安を想定していた中小企業はほとんどなかったため、権利が消滅してスポットでドルを買わねばならない状況になっている。円売り・ドル買いに一段の拍車がかかる要因だ。
1998年安値の1ドル=147円を超えると、150円の大台にまで円安進行も
ドル・円相場の節目は1998年安値の1ドル=147円台まで見当たらない。これを超えると150円の大台にまで一気に円安が進む可能性がある。もし日本政府に「口先介入」だけの手段しかなければ「今年末には160円、来年末には180円まで円安が進む」とミスター円こと榊原英資元財務官は最近のインタビューで語っている。
もちろん円安は対ドルだけではない。日本を除く主要国はすべて金利を引き上げる方向で動いている。そのため、日本円はどの通貨に対しても円安になっている。すなわち日本の購買力は低下し、輸入に頼って生活している我々日本人は今までよりもっと多くのお金を出さないとモノが買えず、サービスを受けられない。収入が増えない中で支出が増大し、どんどん貧乏になっている状況にある。日本政府や日銀の対応を見ていると「欧米人救済のために日本人を貧しくしている」というふうに私には見える。
先週のマーケットは久しぶりに上昇したが、ベアマーケットラリーの典型
さて、マーケットである。先週は日米市場とも揃って、久しぶりに上昇する展開となった。8月中旬の直近高値からわずか3週間でNYダウは3万4152ドルから3万1145ドルへ3007ドル安の8.8%下落、日経平均は2万9222円から2万7430円へ1792円安の6.1%下落。大きく調整していたことで今週は自律反発狙いの買い戻しの動きが活発となった。いわゆる「ベアマーケットラリー」の典型的現象である。
FRBだけでなく世界の中央銀行は相次いで利上げに動いている。先週はオーストラリア中銀が0.50%、ECBとカナダ中銀がそれぞれ0.75%の利上げを発表した。9/20~21のFOMCにおいても0.75%の利上げとなる可能性が高まっている。ジャクソンホールでパウエル議長のインフレ退治への強い意志が示されたことで、11月は0.50%、12月は0.25%の利上げで年末の政策金利は4.0%に達するとのコンセンサスができつつある。金利上昇は株式市場にとって大きな逆風だ。
一方、日銀は利上げには動かない姿勢を継続している。先週のコラムで述べたように「逆金融相場入りになればマーケットは高値から25%の下落、すなわちNYダウは2万6000ドル、日経平均は2万1000円が下値メド」「しかしながら、日本株においては①金融緩和継続、②低インフレ、③企業業績保守的という米国株とは対照的な投資環境にあり、高値から25%の半分の12.5%の下落の2万4700円(≒3月安値)を下値のメドと現時点で考えている」との見方に変わりはない。
「勝者のポートフォリオ」の目標は、相場の上下にかかわらずベンチマークを凌駕すること
私がDFR(ダイヤモンド・フィナンシャル・リサーチ)で投資助言をおこなっている「勝者のポートフォリオ」はおかげさまで好調だ。先週も新たに年初来高値を更新する銘柄が出てきたが、ポートフォリオの個別銘柄には大いに期待したい。「相場が上がっても、下がってもベンチマークを凌駕する」ことを目標にしているが、来るべき金融相場では飛び抜けた大きな飛躍ができるよう、今から準備を着々と進めていきたいと思う。
●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。プロが評価したトップオブトップのアナリスト&ファンドマネジャー。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもメルマガ配信などで活躍。
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