天子も孔子も

 さて犬好きのほうであるが、中華の人々の国で、漢代までは一般に食用にされ、祭祀の生贄(いけにえ)にもされていた。孔子も食べた。紀元前の書物である『周礼』『礼記』に六畜、膳用六牲などのことばがあり、馬・牛・豚・鶏・羊・犬の6種が食用にされていたことがわかる。『礼記』には「孟秋之月天子食麻与犬」とあり、初秋には天子も犬を食べていた。「狡兎死、良狗烹」とあり、「良い犬が煮られる」という教訓があるということは、犬肉がふつうに賞味されていたことを示す。

犬鍋
犬鍋

 現在の中国で犬をよく食べる地方は、南の広東・広西両省、海南島、台湾、それに朝鮮半島に近い東北地区である。おおっぴらではないかもしれないが、その他の省でも部分的には食べられている。私は、日本で配布されている中国人向けの情報誌に、狗肉専門店の広告を見たことがある。

 香港は、地理的には広東省の一部で、犬肉を好む広東系住民がいるが、ペットとしての犬を愛するイギリスが支配していた時代の香港政庁では、犬食を厳禁しており、違反者は処罰された。闇ではだいぶ食べられていたらしいが。

 雲南の奥地では地羊肉と称して犬を食べ、鼻から尾までを用いた地羊全席も作られる。このいい方そのものに、羊のほうが本家だというニュアンスも感じられるが、そもそもが辺境の地だから、むしろ「お国自慢」ではないだろうか。

狗頭猪肉

 アメリカ文化が急激に流入している現代中国には、その食文化も広がる。極めてアメリカ的なホットドッグも売られるようになった。「熱狗」という直訳で売りに出されたために、「狗(犬)が入ってないではないか」と、怒る人がいたそうである。これなんかも「羊頭狗肉(看板に偽りあって内容が伴わないこと)」のたとえがあてはまる例ではあろうが、「狗頭猪肉」とでもすべきなのではあろう。

 同様な勘違いというか、文化的ズレの話で、日本語が少しわかるようになった中国人が、「ツナが入っているのがツナ缶というのを覚え、ネコ缶やイヌ缶を買ってみたら中身が違ったので失望した」という話もある。ドッグフードよりフードドッグのほうがありがたい文化というのはある。

愛犬(?)法の違い

 清朝の政治家・李鴻韋は、ロンドンに交渉に訪れた時、イギリス外相から贈られたシェパードを平らげてしまったそうである。

 周恩来首相は犬好きで有名で、北朝鮮を訪れた時は毎日一品は犬料理を食べていたという。公式の宴会では、金日成主席や日本の田中角栄首相と共に、「全狗席」つまり犬料理のフルコースを楽しんでいた。犬肉愛好者はこのようなおおっぴらに上層部にもいたのであり、犬食いが卑しめられているわけでも、卑しめられるべきでもない。一国の食文化はその独立固有度を示す面もあり、他国がどうのこうの云うべきではない。まして食材対象が家畜であるなら、煮て食おうが焼いて食おうが、好きな人を止めさせる権利は他者にはない。また、嫌う人々に強制する権利もないことは明白である。

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