橘玲の日々刻々 2020年1月16日

風俗嬢さえもワーキングプアとなった
現代日本の「貧困」事情とは?橘玲『幸福の「資本」論』×中村淳彦『日本の貧困女子』 ---前編----

書籍『幸福の「資本」論』で幸福を具体的に定義づけた橘玲氏が幸福から一番遠く、避けなければならないと指摘している「貧困」。ジャーナリストとして貧困の現場を身をもって取材し、書籍『東京貧困女子。』『日本の貧困女子』などを著している中村淳彦氏。初対面のお二人が現代社会の「貧困」とその事情について対談した。

左:橘玲氏、右:中村淳彦氏

直近10年で格差は拡大し、犠牲になっているのが女性

橘玲(以下、橘) 私の仕事場は吉祥寺にあって、古い雑居ビルの一室なんですが、最近そのうちの一室が風俗らしき商売に利用されるようになったんです。ひんぱんに見知らぬ男や若い女の子達がスマホ画面を確認しながら入っていくんですね。出ていくときも必ず女の子はエントランスの物陰に隠れて、なにやらスマホをいじっている。どこかに「終わりました」「部屋を出ました」というような報告をしているのだと思います。

中村淳彦(以下、中村) どうして風俗ってわかったんですか?

 フロアには全部で5室しかありませんから知らない人が出入りすると嫌でもわかってしまうんです。先日は夜9時にウチの事務所の呼び鈴がピンポンと鳴り、誰だろうと思ってドアを開けたら若い男がスマホ片手に立っていたんです。びっくりして「なんですか?」って聞いたら、あちらもびっくりした顔で「いや、ネットでここに来るように言われたんですけど…」って。部屋番号の間違いだったんですけど、あれはどういったお店なんですか?

中村 客らしき男性も出入りしているということは、デリヘルの事務所や待機所ではないですね。となると、ラブホテルやレンタルルームのような使われ方をしているのかもしれません。「異性を同伴する客の休憩の用に供する施設」は風営法上の規制を受けるので、おそらくは違法な業態でしょう。ラブホテルに一人で入るのは抵抗があるでしょうが、普通のビルの一室であれば人目を気にせず出入りできますから。

 やっぱりそうなんですね。その部屋に出入りしている女の子達と何度かエレベーターでいっしょになったことがあるんですが、驚くのは、みんな本当に普通の、どこにでもいるような女子大生や専門学校生といった子たちなんです。化粧が濃いわけでもブランド物を身に着けているわけでもなく、エレベーターで会ったらきちんと挨拶もする。「なんでこんなことやっているの!?」ってさすがに聞きませんけど、思ってしまいます。中村さんの『東京貧困女子。』を読んで、なるほどこういう事情だったのかと納得しました。

中村 経済指標ではここ10年で景気は相当持ち直したことになっていますが、実際は格差がどんどん拡大していて、その犠牲になっているのが女性だと感じます。たとえば地方から出てきた学生の場合だと、親がリストラされたり給与を大幅に減額されて学費や仕送りが途絶えると、セイフティネットがありません。そこで学生生活を維持しようとすると、もう体を売るしかないんです。遊ぶ金欲しさとかではなくてですね。

 中村さんのご著書には、奨学金の罠についても書いてありました。

中村 はい。今どきの奨学金(利子付きの第二種奨学金)は、完全な“金融事業”です。普通、借金というのは担保や返済能力を見て融資の可否が決定されますが、奨学金の場合は親世帯の収入が低ければ審査に通り、融資が下ります。担保の有無も学生本人の弁済能力も問われない。将来何の職業に就くか、そもそも就職できるかどうかすらもわからない未成年に、多額の借金を背負わせるのです。月10万円を受け取ると4年間で480万円の借金が積み上がります。それを卒業直後から20年かけて返済していくわけです。3カ月滞納すると普通のサラ金と同じようにブラックリストに名前が載り、回収業者から容赦ない取り立てがきます。奨学金というと苦学生の学費支援というイメージですが、まごうことなき借金です。卒業間際にその事実に気づいて混乱する学生が少なくありません。

 社会人としてスタートを切った時点で、すでに多額の借金を背負っているわけですね。しかし若者にはまだ金融資本も社会資本もなく、あるのは人的資本のみ。そこを活用して借金を返済しようとすると、普通の仕事だけでは足りないので風俗に身を落とさざるを得ないということですか。中村さんは現場の取材を長く続けてこられてきたわけですが、普通の女子学生が体を売るようになったのはいつごろからですか?

風俗のデフレ化で体を売ってもギリギリの生活

中村 10日に1人くらいずつ風俗やAVの女性を取材するという仕事を続けてきたんですが、2004年くらいからスレてない普通の子が現れるようになりました。最初は「えっ、こんな子が!?」ってびっくりしたんですけど、それから5年間で普通の子だらけになってしまいました。昔だと、風俗の世界に足を踏み入れるにはまず風俗店や事務所に行って面接を受けるなどしなければならなかったのですが、SNSの浸透で間口は相当に広がったと思います。

 それでも、覚悟を決めて風俗をやればなんとかなるわけでもない?

中村 全然だめです。体を売っても普通の生活を維持できるかどうかというギリギリところまで、風俗のデフレ化は進んでいます。

 2005年くらいに某民法テレビ局のプロデューサーに「最近、女の子の値段がすごく下がってるんですよ」と言われたことがありました。テレビに出ているグラドルのような女の子の話ですが、そこでも売春のデフレ化が進んでいるということでした。時期的には中村さんが実感された頃と合いますね。それはやっぱり不景気で売春に身を落とさざるを得ない女性が増えたからでしょうか?

中村 供給が増えたと同時に、需要も減ったと思うのですよね。昔、風俗をやれば女性は月50万円は簡単に稼げたんです。ちょっと頑張って月100万円という子もゴロゴロいました。いま月100万円以上を稼いでいるのは業界上位10%もいないでしょう。例えば「格安デリヘル」というのがあるんですが、1時間ほど男性客の相手をして料金9000円です。半分はお店に取られるので女の子の取り分は4500円しかありません。もちろん待機時間はお金になりませんから、ちょっと安すぎですよね。

 『東京貧困女子。』で衝撃的だったのは、国立大学教授秘書だったシングルマザーのケースです。ずっと交友のなかった姉が知らないあいだに関西に転居して、そこで精神病の症状が悪化していた。ある日、病院から「長期入院はできないのでお姉さんの面倒を見てください」と電話があって、働きながら新幹線通勤で介護を始めるんですが、とうてい続けられなくて仕事を辞めてしまう。再就職もできず、どんどん窮地に陥っていって、有名大学に入った娘も大学を中退して働き始めるという話でした。ほかにも介護がきっかけで貧困に転落した女性のケースが多数ありましたが、彼女たちに共通しているのは、真面目で優秀で責任感が強いということです。学生時代、彼女たちは真面目に勉強すれば親や教師からほめられ、良い学校に入れた。それが成功体験となって「努力すれば何とかなる。自分が頑張ればみんなを助けられる」と思い込んで、必要のない負担を背負い込んでしまっています。先のシングルマザーも病院からの電話に対して「こちらも大変なので姉の面倒は見れません」と答えれば、病院は姉に生活保護を申請して誰も不幸にならなかったのに、「自分が頑張ればいいんだ」と思ってしまったのがいけなかった。

中村 弱者救済の制度はあっても、行政が積極的に教えないんです。少子高齢化で社会保障費をなるべく抑制していきたい中でたらい回しにして、「引き受けます」「面倒を見ます」という人が見つかったらここぞとばかりに押し付ける。その結果、責任感が強くて真面目な人に、どんどんしわ寄せが行ってしまうんです。もともと高齢者や障害者の介護は行政(地方公務員)が担ってきました。それが超高齢者社会で回しきれなくなって、介護保険制度で民間がやるようになった。その現場はまさにワーキングプアで、働く人の7~8割は女性です。制度の不具合のしわ寄せが全部、女性たちに行っているように思えてならないのです。

制度の不具合のしわ寄せが女性に向かっている

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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