橘玲の日々刻々 2020年1月16日

風俗嬢さえもワーキングプアとなった
現代日本の「貧困」事情とは?橘玲『幸福の「資本」論』×中村淳彦『日本の貧困女子』 ---前編----

金融資産がないと人的資本で稼ぐしかない…

 金融資本がなく離婚するなどして社会資本も失った女性は、人的資本を生かして自分で稼いでいくしかありません。しかし、いったん家庭に入った女性が元の職場に復帰できるケースはまだ少なく、子育ても介護も抱えて時給1000円のパートでは立ち行かない。慢性的に人手不足の介護業界には需要はあるけれど、そこでも十分な生活費を稼げないとなるともう風俗しかありませんね。

中村 地方では現物支給の売春も行われています。スーパーの駐車場で待ち合わせをして食品や生活用品の代金を男が支払い、その後一緒にラブホテルへ行ってセックスをするのです。北関東ではPTAのお母さん同士が、買春してくれる男を紹介しあっていました。一人の主婦に話を聞いていたら「町内のママ友はみんなやっているよ」と言って、本当に友達を呼び出して、あっけらかんと「あの客はどうだった」というような話で盛り上がっているんです。それはもう生活の手段になっていて、夫や子どもに対する後ろめたさなどもないようでした。

 まったく見ず知らずの男を相手にするより、仲間内で客を回し合ったほうが安全ですから、理にかなっていますね。

中村 そうみたいです。で、客はそれぞれのパート先の店長だったりするんです。たとえばコンビニの店長の給料が月30万円程度とすると、パート従業員の女性はフルで働いても月8万円程度にしかなりません。けれどそこに週1回セックスを入れると、1回につき1万円ということだったので店長から女性側に月4万円が渡ります。すると店長の収入は月26万円、女性の収入が月12万円になって、両者の収入格差が多少緩和されるという…。

 完全にビジネスの論理になってますね。不倫はよくないとか、家族を裏切らないといった価値観は完全に崩壊しているんでしょうか。

中村 現場を長く取材していると、そういうのは完全に「上級国民の思想」だと感じます。

 英国のキャサリン・ハキムという社会学者は、女性には「エロティック・キャピタル」(エロス資本)という人的資本があると言っています。それは15-16歳の思春期の頃から大きくなって、20歳前後で最大になり、35歳になるとほぼゼロになる有限の資本です。年頃になった女性なら誰しも自分がエロティック・キャピタルを意識するようになる。一部のフェミニスト団体が売春の合法化・非犯罪化に反対するのは、若い女性は男にエロスを無料で提供すべきだという男性中心主義であり、女性に対する(エロスの)搾取だと述べています。ちなみにキャサリン・ハキムは女性なのですが、女性だからこそ言えたことだと思いました。

女性には換金できる資本があるだけまだ救いがある

中村 なるほど、女性には換金できる資本があるだけまだ救いがあるということですね。しかし、エロ資本を換金しても生活すらままならないというのが日本の現状です。確かに上級国民の客をとってエロ資本で富を築いている成功者も、いるにはいます。毎月50万円程度くれるお金持ちを4人くらい顧客に持って、年収2000万円超という女性を5-6人取材したことがあります。しかし、そういう女性は例外なく収入からかなりの部分を再投資しています。エステや宝飾品にお金をかけ、富裕層の会合やパーティーに参加してさらに高単価な顧客を開拓するために上流社会に食い込んでいくような努力です。

 そういう女性達は富裕層専門の風俗店に所属しているのですか?

中村 いいえ、僕が取材した人は全員個人でやっていました。風俗店に所属すると売上の半分を取られてしまいますし、一見の不特定多数を相手にするわけではないので。上級国民にとっては情報流出のリスクもあるわけで、信用のおける相手が見つかったらその女性の“顧客”になって繋ぎ止めた方がいいのです。別の相手が欲しくなったら知り合いの社長に紹介してあげて、回し合うみたいな。風俗店に所属するのはコネも情報もノウハウもなくて、そういうシステムに頼らざるを得ない貧困層の女性です。

 もっと何か「やりよう」はないものですかね? たとえば欧米では“セックスのユーチューバー”のような女性が登場しています。素人女性がマスターベーションやセックスを配信サイトで公開し、閲覧数に応じて投げ銭や報酬をもらうシステムを、女性のエンジニアが開発したのです。従来のポルノビデオだと業界に搾取されてしまうところが、そうした配信サイトだと10-20%程度のマージンを引かれるだけで、あとは全部自分の実入りになるので女性にも評判がよく、ものすごく成長していると聞きます。日本人ではまだそういう人やシステムは現れていませんよね?

中村 まずそのようなサイトは法律上、日本ではできません。規制スレスレのところを狙って稼いでいる女性も何人かは知っていますが、数えるほどしかいませんね。そもそも日本では女性にそういう情報が行かないようになっているんです。お金に困窮した女性がいちばん最初に、そして容易にエロ資本を現金できる場所が、日本では風俗やAVです。彼女たちはこうした業界にとっては、まさに富を生み出す資本なので、他に流出しないように情報遮断を徹底して、抜けられないようにするんです。

 国内にいる限りは、彼女たちがエロス資本で身を立てていくのは難しそうですね。となると、あとは世界に出ていくしかないのか…。人類学者の小川さやかさんの『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社)という本で知ったのですが、香港にはアフリカからたくさん女性が売春のために来ているんだそうです。客は香港人や中国人ではなく(アジア男性はあまり黒人女性を好まないから)、白人男性だそうです。そこで彼女たちは出身国では考えられないような富を築いて、故郷に豪邸を建てる。当然「あの娘はどうやってあんな大金を稼いだんだ」となりますし、若い女の子は「私にもそのビジネスを教えてください」とやってくる。そこで売春を引退したあとはブローカーになって、村の若い女性を香港に送り込むビジネスでさらに成功しているということです。

中村 エロティック・キャピタルの人的資本で金融資産を築き、さらに社会資本も充実していくわけですね。

 日本は落ちぶれたとはいえまだ世界第3位の経済大国ですから、女性が外国へ行ってまで売春するメリットはないかもしれません。でも、日本人女性はアジアではとてもモテるので、需要はあると思います。

中村 日本の貧困女性は、もうこれ以下にはなりようがないくらい悲惨な状況です。この状況が続けばそう遠くない将来に、外国に体を売りにいく女の子がわんさと出ることは容易に想像できます。令和のからゆきさんですね。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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