団塊ジュニア世代の「貧困」男性は悲惨
橘 こういう言い方をすると怒られてしまうかもしれませんが、最貧困に堕ちても女性にはまだ生き延びる術があります。けれども男性は30代半ばを過ぎて金融資本・人的資本・社会資本のすべてを失ってしまうと、その後の人生は相当厳しいものになります。
中村 そこなんです。僕の仕事のアプローチは社会の仕組みがどうなっているかを考えるのではなくて、人の話をたくさん聞いてそれをなるべくそのまま伝えることだと思っています。けれどたくさんの人の話を聞いていると、だんだんと社会がどういう方向に向かっているかが見えてきてしまうことがあります。15年前に女性の貧困問題が深刻になることや、介護の現場が回らなくなることに気づいたのもそうです。当初は「そんなのは極端な事例だ」と信用されなかったけれど、今は誰でも知っている現実です。それで最近、半年ほど前に「これはやばいことになるな…」と気づいてしまったことがあって、それが団塊ジュニア世代の貧困問題です。これは女性の貧困よりさらに悲惨なことになります。街中に死体が転がっているのが日常になるような、そんな日本になってしまうんじゃないかと…。僕はちょうど団塊ジュニア世代なんです。最近「俺、死ぬな」と本気で心配になっています。
橘 貧困でですか? 中村さんは死なないと思いますけど…
中村 90年代をピークに日本が後進国化していく中で、女性と若者の貧困が始まりました。非正規雇用の女性の賃金を見ていると生活保護水準まで下がっているので、これ以上は下がりようがない。国の政策によって20年をかけて女性と若者が貧困層に落とされた。そして次にターゲットにされているのが、中年男性です。最近、新聞を読んでいると中年男性の雇用のセーフティネットを奪うような記事がやたらと目につくと思いませんか!?
橘 国としては雇用の流動性を図りたいのでしょう。日本は長らく年功序列・終身雇用が続いてきました。企業はいったん雇用した正社員を定年までクビにできず、退職後も厚生年金を死ぬまで払いつづけなくてはならないシステムです。しかし、それを維持したまま人生100年時代となると、新卒でたまたま雇った若者を80年も面倒を見なければいけなくなる。そんな制度は到底維持できないので、定年を延長する代わりに役職定年を設けたり、規制を緩和して非正規雇用を増やしたりして辞めさせやすくしているのですね。
中村 いちばん人材がダブついている団塊ジュニア世代(1971-1974年生まれ)が解雇された場合、女性はまだサービス業が人材不足で少しは需要がありますが、男性はまったく行き場を失ってしまう。今まで雇用で守られてきた40代のホワイトカラー/ブルーカラーの正社員がクビにされたとき、まったくツブシが利かないらしいです。
橘 欧米だとホワイトカラーは専門職で、ある程度の年数を勤めれば特定の分野のスペシャリストになります。ところが日本の会社はいろんな職種を経験させてゼネラリストを育てていく人事です。入社したらまずは営業で仕事を覚えて数年したら企画部門に転属になり、経理や人事に異動して――。そうやって40代になったとき「あなたの専門は」と問われたら「サラリーマンです」としか答えられない。数年で覚えられる程度のキャリアなら、若い人や外国人を雇用した方がいい。これも日本の会社が「イエ制度」を引き継いできた弊害ですね。今になって「専門性がなければ仕事はない」と言われ、茫然としているのが日本の中高年のサラリーマンです。
中村 じゃあ40代で会社をクビになったサラリーマンは、どうやって生きていくんでしょうか!? なまじ役職が付いて偉くなったホワイトカラーが、コンビニのレジ打ちや介護職員や清掃員をやっていけるとは思いません。仕事を失ったお父さんを、妻や娘が体を売って支えてくれるでしょうか!? たぶん、切り捨てますよね。そうすると男は実家に帰ってひきこもりになるか、ホームレスになるしかないじゃないですか…。

(後編に続く)
構成/渡辺一朗 撮影/土井一秀
[参考記事]
●‐幸福の資本論1‐「幸福な人生」を実現するために必要なものとは?
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橘 玲(たちばな あきら)
作家。書籍『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)では、「金融資本」「人的資本」「社会資本」が幸福に必要なインフラであると指摘し、その組み合わせによって、人生の8つのパターンが提示されている。3つの資本がどれもないのが「貧困」で救いようがない。「貧困」に陥らないために少なくとも2つの資本を充実させようという「幸福論」。その具体的な解説と方法論を提示している。
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対談相手:中村淳彦
ノンフィクションライター。貧困や介護、AV女優や風俗など、社会問題をフィールドワークに取材・執筆を続けるノンフィクションライター。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買など、さまざまな過酷な話に、ひたすら耳を傾けつづけている。最新刊は『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『崩壊する介護現場』(ベストセラーズ)、『日本の風俗嬢』(新潮社)、『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)など多数。
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