インフレ圧力が今すぐ緩和しそうにない理由 の一端を、自転車メーカーに垣間見ることができる。

 新型コロナウイルスが流行し始めると同時に、米国や欧州では自転車価格が急騰した。個人消費が好調だったのに加え、世界的なサプライチェーンの混乱によってメーカー側に物資調達の遅れとコスト上昇が生じたためだ。

 現在、各メーカーは2022年に向けた自転車製造を行っているが、経済環境が引き続き不確かな上に、 コロナ変異株「オミクロン」の出現でさらに不透明感が増している 。目下の強い需要と供給不足は、すでに来年の価格を押し上げる要因になっている。

 「当社製品のコストが下がる見込みはない」。英南部チェシントンに本社を置くカーボンキネティクスのリチャード・ソープ最高経営責任者(CEO)はこう話す。同社は電動折り畳み自転車「Gocycle(ゴーサイクル)」を世界中で販売している。「これがインフレだとすれば、とても一過性とは思えない」

 ソープ氏によれば、同社は1月1日からゴーサイクルの価格を最大25%引き上げるという。最新モデルの価格は4999ドル(約56万4000円)~6999ドルになる予定(仕様ごとに異なる)。これに対し、2021年は3999~5999ドルだった。

 ソープ氏は、部品や出荷費用の高騰をカバーするためにも、またサプライチェーンの障害で(今年そうだったように)再び生産が滞った場合の蓄えとするためにも、今回の値上げは必要だと話す。これまで供給不足で需要に見合う増産体制が取れなかったことも踏まえている。

 ハンドルバーやブレーキレバー、反射鏡、チェーンなどの価格は、過去12カ月間に急上昇した。同社が1年余り前に発注した1000個の電子部品はまだ納入されないままだ。また、コンピューターチップを確保するためには、自動車メーカーや(ソフトウェアを使って在庫品をかき集める)自動注文ツールと競争しなければならない。

for The Wall Street Journal カーボンキネティクスのリチャード・ソープCEO

 ソープ氏の判断は、サプライチェーンの絡んだ結び目は簡単にはほぐれず、消費者の需要が今すぐ後退することもないという見方に基づいている。より感染力の強い可能性があるオミクロン株が、その見方を強めたという。「全てが混乱している。だからお金がかかる」と同氏は話す。「ワイルド・ウエスト(開拓時代の米西部)のようだ」

インフレ圧力と変異株

 自転車業界の課題は――経済全体に広げて考えれば――、米連邦準備制度理事会(FRB)など世界中の中央銀行が抱える政策上の難問の核心を突いている。政策担当者はこれまで、消費財への需要が和らぎ、世界的なサプライチェーンの停滞が解消されれば、インフレ圧力はやがて消えると発言してきた。

 だがオミクロン株の出現で再び国境の往来がなくなり、このプロセスは当初予想されたよりも長期間続くことになりそうだ。

 ジェローム・パウエルFRB議長は30日、議会証言の中で「インフレを押し上げる要因は来年も続くだろう」との見方を示した。同氏はFRBが量的緩和策の終了を早めて、来年前半の利上げ開始に道を開くことを検討すると示唆した。10月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比6.2%上昇と、31年ぶりの高い伸びだった。

 英中銀イングランド銀行は、インフレ高進を抑えるため、近く緩やかな利上げを始める可能性を示唆している。カナダ、オーストラリア、ノルウェー、ニュージーランド、チェコの中銀はすでにコロナ下の景気刺激策を取りやめたり、借り入れコストを徐々に引き上げたりしている。

 エコノミストは経済に与えるオミクロン株の潜在的影響は不明だと話す。この変異ウイルスの危険性は保健専門家にもまだ分からない。

 自転車メーカーや小売業者は、価格への激しい圧力が和らぐ兆しはないと話す。

 「2022年に向けて改善される点がないのは確実だ。2020年の夏の終わりから同じ状況が続いている。需要を満たすだけの供給がない」。複数の自転車ブランドを持つアルタ・サイクリング・グループ(本社・ワシントン州ケント)のラリー・ピッツィ最高商務責任者はそう述べた。

 米国における9月の新品自転車の平均販売価格は346ドル。2020年の平均販売価格から28%上昇し、2019年と比べて54%上昇した(市場調査会社NPDグループのデータより)。

 コロナ下で都市封鎖(ロックダウン)した欧米では、自転車人気の復活に拍車がかかった。健康に対する消費者の関心の高まりや、環境に配慮した交通手段を求める機運、大都市に自転車専用レーンが増えたことを背景に、自転車はすでに人気を集め始めていた。

 英国の今年10月の自転車価格は、公式物価データによると2020年初めより26%上昇した。同国は2020年1月31日に欧州連合(EU)を離脱し、貿易協定を結び直した。その結果、EUから輸入される自転車や部品に関税が課されるケースは少なかったが、EUの自転車メーカーからの供給が滞った。

 欧州統計局が公表した物価データによると、ドイツの10月の自転車価格は2020年1月に比べて9%上昇。同期間にスウェーデンとポーランドではそれぞれ15%と13%上昇し、リトアニアでは16%、ハンガリーでは19%、スロベニアでは18%上昇した。

不意を突かれた世界不意を突かれた世界

 コロナ大流行と同時に自転車需要が急増し、業界は不意を突かれる格好になったと、自転車メーカーの幹部らは話す。これはコロナ禍の巣ごもりによって、サービスからモノへの消費の大転換が起きたことに対し、世界経済が全く準備していなかったことの好例だと言える。

 この大転換を受け、家電から中古車まであらゆるものが急激に値上がりし、全体的なインフレ加速を招いた。

 アルタのピッツィ氏は、コロナ禍が始まった当初、部品の注文をキャンセルしようと考えていた。だが2020年4月には、何とかして増産できないかとアジアの納入業者に要請していたという。

 コロナ前なら年間販売台数20万台を見込んだはずだが、2020年には25万台が売れ、在庫を全て吐き出した。「作るそばから売れた」とピッツィ氏は言う。

 もしタイやカンボジア、ベトナムなどの部品業者が小売店の販売意欲に足並みをそろえることができれば、同社の販売台数は昨年さらに12万5000台ほど増えていたとピッツィ氏はみている。

 「コロナ禍は多くの企業にとって呪いだったが、われわれには恵みをもたらした」。こう語るのは、テキサス州に自転車販売店5店舗を持つバイクマートのオーナー、ウッディー・スミス氏だ。同氏は2019年に1万3400台の自転車を販売した。2020年には1万8200台を販売し、今年は2万2000台を見込んでいる。同社の店舗で扱う自転車のメーカーは、過去1年半に平均およそ8~10%の値上げを行った。同氏は値上げ分を顧客に転嫁したという。ただし希望小売価格の範囲を守り、上乗せはしていないと話す。

 小売業者によると、自転車価格を押し上げる消費者の需要は依然として旺盛だという。自転車購入者の中には、通勤を再開する際、渋滞や公共交通機関を避けたがる人がいる。これはとりわけ高級な電動自転車を購入する動きを後押ししている。一部の小売店は、基本的なモデルから高価なモデルに買い換える人が最近目立っていると話す。

 バイクマートのスミス氏は在庫切れを心配し、来年のクリスマス商戦で必要になるとみられる自転車の75~80%をすでに発注したという。最終的な価格はまだ合意していないが、今年販売しているモデルより8〜10%ほど値上がりすると予想している。

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