Web製作からの事業転換に成功

 中国のIT業界に 衝撃を受けた村田さんは、自身の会社の主力事業もソーシャルゲームにシフトすることを決断します。中国では20代を中心とした若い世代の経営者が事業のグローバル化を視野にいれて、猛烈な勢いで事業を拡大していることを目の当たりにしたことも、大きな刺激となったようです。

 また、この視察ツアーにはウノウ、gumiやポケラボなど今は国内を代表するソーシャルゲームベンダーとなっている企業の創業者たちも参加しており、日本のITベンチャーにおいて重要なシーンとなったようです。

 中国視察から帰国した2009年半ばから外部からのWeb製作の受託を徐々に減らし、ソーシャルゲーム開発事業を育て、半年ほどで事業転換に成功します 。事業転換の難しさは私も起業しているのでよくわかりますが、収益見通しが立ちやすい既存事業を一気に縮小して、新規事業に短期間でリソースを移した思い切りは尊敬に値します。

 また、市場の成長が予測されていたソーシャルゲーム業界には何百というプレーヤーが参入しましたが、異なった事業からの参入にもかかわらず、厳しい競争を勝ち抜いたことも見事だと感じました。

 トップが女性であることを活かして、育成ゲームなど女性を中心としたユーザ同士がじっくりと交流できるゲームを開発することで差別化したことが、既存事業と全く異なったソーシャルゲーム事業において成長できた原動力となったようです。

子育てと事業売却

 2011年には第1子を出産し、出産前後には休みを取りましたが、出産の半年前から綿密に権限と仕事の移行を進めておいたことに加えて、社員の積極的な協力もあり、産休中も事業運営をスムーズに継続することができたと話しています。2011年半ばころから、複数の大手ソーシャルゲーム企業から買収のオファーを受けるようになります。

 子供の夜泣きや病気の看病など子育ての大変さがピークに達した2011年末から、事業売却を真剣に検討するようになりました。最終的に個人的にも信頼している国光宏尚さんが経営する株式会社gumiにソーシャルゲーム事業を売却します 。もちろん、事業売却は大きな決断でしたが、このまま事業成長を優先すると子育てにどうしても支障が出てしまい、先々後悔してしまうことは避けたいと考えたことが大きかったようです。また、ソーシャルゲーム業界では大手による寡占化が進んでいくであろうことも一因となったと話しています。

 ITベンチャーの本家シリコンバレーでも女性の起業家が少ないことがよく話題になりますが、輪をかけて女性の起業家が少ない日本では、ベンチャー関係者が集まるイベントにおいても、若い女性であるだけで目立つようです。しかし、このことを色々な人と知り合えるきっかけを得やすいと村田さんは前向きにとらえています。

 「出産や育児などライフイベントに合わせて事業立ち上げやエグジットを行うことで、女性もムリなく自然体でやりたいことを追求していけるはず」という村田さんの言葉には驚かせられると共に、女性ならではのシリアルアントレプレナーの在り方を体現してくれそうだと大きな期待を抱かされました。

 次回は、村田さんがシンガポールに移住することになった経緯と、シンガポールでの生活について紹介させて頂きます。
 

TOP