このことを象徴するかのように、徳川将軍家では兎の吸い物が、年頭料理として調理されていた。元日に祝賀に登城した御三家や大名にも振舞われていた。この行事の由来については、いくつかの異説があるが、共通しているのは、信州の林氏が徳川氏に正月に兎を献じた点で、これは史実であろう。一般的にいわれている故事は、徳川家が旅先の山中で正月に兎の吸い物で接待を受けた、というものである。信州は、肉食を許す神の諏訪明神の鎮座地なので、この伝承の背景には諏訪信仰があるのだろう。

 兎肉は徳川幕府にとどまらず、宮中にも献上されている。『時慶卿記』12月の条にあり、どうも兎は冬に食される傾向が強い。換毛して冬に白くなるノウサギは、祥瑞吉兆の生き物とみなされ、信仰対象であったのだろう。

白身兎と赤味兎

 ヨーロッパには野生のアナウサギもノウサギもいる。アナウサギは家兎でもあるので流通は時期を問わないが、ノウサギは狩猟期の冬のみに流通する。冬には脂が乗っているし、非繁殖期なので胎児を殺さずにすむ、という利点もある。狩猟のそういう古来からの習慣は、対象動物を絶滅させない持続的な利用につながっていることが多い。

 アナウサギとノウサギは味が異なり、別物として扱われている。仏語で前者はlapin、後者はlièvreである。英語のrabbitとhareもそれと対応していたようだ。アナウサギの肉は白身で脂肪が少なく淡白な味。フリカッセ(白ソースの煮込み)やクリーム煮などに使う。粘着力が強いのでソーセージやプレスハムのつなぎ肉としても使われる。

 ノウサギは射殺か撲殺されるため、血を絞ることができないのもあって、肉色は赤い。やはり脂肪は少ないが、独特の風味がある。赤ワインで煮込まれることが多い。ローストやテリーヌにされることもある。

イスパニアは兎の国

 アナウサギはイベリア半島から北東アフリカが原産地である。それが歴史に登場するのは、フェニキア人が紀元前1100年にイベリア半島の海岸に到達したときである。フェニキア人は、海岸の穴に群居している小獣に驚き、母国のハイラックスを想起した。

 ハイラックスは岩狸目に属し、重歯目のウサギとはかなり異なる。系統的にはゾウに近いが、見た目はナキウサギのようである。アフリカの南部に多いが、北東アフリカ、シナイ半島からアラビア半島にかけて分布する種もいて、フェニキア人はそれに接しており、「シェファン」と呼んでいた。

 フェニキア人は到着した海岸を、ハイラックスに因み、「イ・シェファン・イン」と名付けた。イシュファニンである。それがラテン語でヒスパニア。スペインの国名の語源である。

 紀元前1世紀の古代ローマになって、アナウサギは養兎園で飼われるようになった、飼われたものが逃げ出したのが、そもそもの各地の野生アナウサギの祖先である。

TOP