
中室牧子(なかむろ・まきこ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。慶應義塾大学卒業後、米ニューヨーク市のコロンビア大学大学院でMPA、Ph D(教育経済学)を取得。日本銀行等を経て、2019年から現職。デジタル庁シニアエキスパート、経済産業省ファカルティフェローを兼任。政府のデジタル行財政会議等で有識者委員を務める。日本学術会議会員(第26期)。著書に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『科学的根拠で子育てーー教育経済学の最前線』、共著に『「原因と結果」の経済学』(共にダイヤモンド社)などがある。
――生存者バイアスとは何でしょう?
中室 事故の生存者だけに話を聞くことで、リスクを過小評価してしまう現象を指す言葉です。実際にはその事故で多数の犠牲者が発生していたとしても、生存者のみから情報を抽出しているため「もし事故に遭っても死ぬことはないだろう」と都合よく解釈してしまうことが起こり得るのです。
これを教育に置き換えて考えてみると、多くのコストや時間をかけて子育てに成功した人の話ばかりに耳を傾けるだけでは、まったく同じやり方で失敗した人や、逆にお金をあまりかけなかったのに成功した人の情報が無視されてしまうことになります。
――つまり、コストを投じた人とそうでない人、双方から収集したフェアな情報にこそ価値がある、ということですね。
中室 そうですね。そしてそのために重視すべきはデータです。現在は数十万人、数百万人という単位の子どもたちの成績、行動、進路が含まれたビッグデータが存在しますから、本当の意味で子育てにおける成功を目指すなら、これを活用しない手はありません。
なぜ学歴を重視するかといえば、学校を卒業して社会に出た後の人生を成功させるためであるはず。そのためには、信頼できる科学的根拠(エビデンス)に基づいて教育や子育てを考えるべきなのです。
「金銭は独立の基本なり」これを卑しむべからす

――子育てにおける「成功」とは、ずばり何でしょうか。
中室 いろんな考え方があると思いますが、経済学では“将来の収入”を教育の成果の一つと考えます。お金が全てではないものの、経済的に独立することは大切なこと。慶應義塾創設者の福沢諭吉が残した「金銭は独立の基本なり、これを卑しむべからず」という名言も、まさにこのことです。
――つまり、将来しっかり稼げる教育を行うことが理想である、と。
中室 その通りです。エビデンスに基づいて3つの方法を解説したいと思います。「スポーツをする」「リーダーになる」「非認知能力を高める」です。
まず、スポーツが将来の収入に好影響を与えることについては、明確なエビデンスが多数存在します。一例を挙げると、米パデュー大学のジョン・バロン教授は「高校時代にスポーツをしていた男子生徒は、そうではない生徒と比べて、卒業から11~13年後の収入が4.2~14.8%高い」というデータを公表しています。これはスポーツ経験が採用で有利に働いたり、仕事をする上での忍耐力やリーダーシップを養うことに寄与するためでしょう。