2025年2月に東京都や神奈川県の私立中学校で実施された「プレゼン型入試」の例のいくつかをまとめると以下のようになります。

東京都や神奈川県の私立中学校で実施された「プレゼン型入試」の例※各校の入試要項をもとに東京個別指導学院が作成。なお、出題される課題の中で教科学力を問う学校もあります。また、上表以外にも多くの学校が「プレゼン型」入試を実施しています。

今回は、「プレゼン型入試」が行われている背景と今後について考えてみたいと思います。

背景① 一つの「モノサシ」で測ろうとするのが困難な時代になってきた

 首都圏での中学入試は、「4科」「2科」など「教科型入試」が主流で、現在もそれは変わりません。私立中学入学を目指す受験生は、憧れの中学への合格を目標に、コツコツと学習を続けます。その道のりは、時にはスランプに陥ったり、モチベーションが低下したり、保護者と諍いが生じたりと平坦な道のりである受験生のほうが少ないと思います。

 他のやりたいことがあっても、我慢したりセーブしたりして、一つ一つ知識・技能を身につけ、それを活用して問題を解く力を高めていく努力を全力で続けることができるというのは、その子どもの素晴らしい長所です。「偏差値」というのはこのような努力をどれだけ積み上げてきているかを測る「モノサシ」の一つと考えています。

 この「偏差値」という「モノサシ」は、産業革命以降の工業化社会を効率的に維持していくためのスキルを測る「モノサシ」としては非常に有効でした。しかし、VUCA*¹の時代では、子どもたち一人ひとりが、持続可能な社会の担い手として、個人や社会の成長のために、自分の考えや思いを他者に効果的に伝え、多様な考え方を受け入れ、意見を出し合いながら新たな価値を生み出していくことが求められています。

「プレゼン型」入試の導入はある意味で新たな「モノサシ」の導入です。そしてその導入の背景には、上記のような社会的環境の変化への対応といった側面もあると考えられます。

*¹ VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった、先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を示す言葉です。日本の教育の羅針盤となる「第4期教育振興基本計画(2023(令和5)年6月16日閣議決定)」でも、VUCA時代の教育について触れられています。

背景② 中学受験熱の高まり

 一昔前は、中学受験塾といえば小学校4年生に進級する直前の2月スタートが定番でしたが、近年では様相が異なっています。「中学受験ブーム」により、中学受験にむけた通塾学年の前倒しが進んでおり、小学校1年生からコースが始まる塾も少なくありません。東京都市大学付属中学校に2024年春に入学した生徒の47.1%が小学校3年生までに通塾を開始していた(2021年春は38.1%)*²そうです。

 中学校ごとに異なりますが、「教科型」入試の場合、受験する学校が出題する問題を解けるようになるためには、一定の学習量や学習の質が求められます。小学生ですから、睡眠は大人以上に大切で、睡眠時間を削って学習時間を捻出するのはお勧めしません。この点は高校受験や大学受験との大きな違いです。また、習い事と受験勉強とのバランスをどのようにとっていくのかという点も、中学受験生のご家庭で配慮しなければならない点です。

*² 東京都市大学付属中学校・高等学校 「T-file 2024 資料集」同「2023」 より。 

【習い事 < 受験勉強】の場合

 受験準備のスタート時期が遅れた場合や、習い事を続けながら受験準備を進める場合、習い事の頻度やウエイトの調節(例えばピアノは続けるが、発表会には出ないなど)や子どもの学習の質や優先順位付けを精緻にしていくなどの、周囲の大人のフォローが必須です。受験勉強スタート時期が早く、習い事をしていない子どもと同じ学習内容をこなさせようとすると、子ども本人にかかる負荷が増す場合が多いのです。

 たとえ、子どもが高い学力を持っていたとしても、その学力を活用して中学入試問題が解けるようになるまでには、ある程度の時間がかかりますので、それまでは、模試の偏差値が低迷したり、合格可能性判定が不本意なものになったりします。入試というのは試験日という期限があり、試験日に合格ラインを超える学力・得点力が不足していれば不合格となります。ですから、子ども本人が高い学力を持っていても準備期間(時間)が不足していたために偏差値が伸びず、「教科型」入試では不合格になってしまうというケースがあります。

 このような体験から、「やればできる」という自己効力感や、「自分は大切にされているかけがえのない存在だ」という自己肯定感が低下する子どももいます。

 周囲の大人が、習い事の調整や学習の優先順位をつけたり、学習時間の内訳に強弱をつけたり、学習の質を上げるサポートをしたりすることにより、習い事を続けながら志望校合格を勝ち取った子どももたくさんいます。「習い事を最後まで続けたことにより、気分転換ができた」「ピアノを弾く時間を捻出するために集中して勉強できるようになった」「スキマ時間など、時間の使い方を工夫できるようになった」というメリットもあります。このような経験やスキルはその子どもにとっては貴重な財産となるでしょう。

【習い事 > 受験勉強】の場合

 近年では、小学校5・6年生になってから中学受験をする意思を固めて、受験対策を始めるご家庭や、「子どもが好きな習い事を優先しつつ、中学受験をさせたい」というご家庭も増えてきています。「プレゼン型入試」は、受験準備スタート時期が遅かった受験生や、「勉強」以外のことを頑張ってきたような受験生の中から、現状の「モノサシ」(「教科型入試」)では測れない力を見出そうとする「別のモノサシ」の入試なのです。

 測ろうとする「モノサシ」自体が異なるのですから、「教科型入試」と「プレゼン型入試」に優劣があるわけがありません。

背景③ 勉強嫌いのまま入学してほしくない~中学校側の思い

 受験勉強の開始が遅くなると、それまでの「遅れ」を取り戻そうとするあまり、受験勉強の進め方に支障がでてくる場合があります。

 算数でいえば、下図のピラミッドのように概念理解を(小学生にわかるように)させて、計算力をつけていきながら……と学ぶのが理想的なのですが、中学受験の場合は、塾によって毎月や毎週テストがあり、目先のテストの成績に追われる受験生が少なくありません。

学力養成ピラミッド
※東京個別指導学院が作成

 そうすると、よくわからないまま「ボートで川を下る時はボートを漕ぐ速さと川の流れの速さを足す、川上に向かって漕ぐ時は2つの速さを引けば良い」と解法パターンを丸暗記してでも点数を上げようとするようになります。子どもも好成績を上げたいでしょうし、保護者の残念な顔を見たくないし、保護者の期待に応えたいでしょうから、必死に覚えるのです。

 しかし、そのような勉強の仕方では、短期的に偏差値が上がったとしても、概念理解が不十分なまま覚えたことなので忘れてしまうのも早く、しかも、毎週毎週覚えることが増えていきますので、覚えることだらけになり、苦痛になってくる子どもも出てきます。ありとあらゆる問題をとにかく演習して何となく解けるようにしていくために、解法を丸暗記して、何とか受験を突破し、合格して入学した生徒に小学校の復習も取り入れなければならない私立中学校もあるようです。

 子どもたちにとっては、意味がわからないと全く面白くなく、面白くないので「嫌い」になってしまいます。一度「嫌い」になると、「嫌い」を克服すべく一念発起して猛勉強するタイプの子どもは限られており、「嫌い」なものはやらなくなり、やらないと、当然「苦手」と感じるようになります。この「嫌い」×「苦手」状態から生徒が脱出するのは容易ではない、好き・嫌いや得意・苦手意識がないフラットな状態からのほうが伸ばしやすいと、多くの中学校の先生がおっしゃいます。

「教科型」のテスト対策ばかりやってきている子どもの中には、「嫌い」×「苦手」に陥るリスクがありますが、「プレゼン型」入試の場合は、このような無茶な受験対策に陥るリスクを避けることができます。

背景④ VUCAの時代に必要な能力を見出したい

 背景①でVUCA*¹の時代について触れましたが、この時代に必要な力にどのようなものがあるでしょうか。

 VUCAの時代で、AIの急速な進歩などの未知の技術や状況に直面する子どもたちには、変化をポジティブに受け入れ、まだやったことがないことに積極的にチャレンジすることが今以上に求められてくるでしょう。その際、「自分ならなんとかできる」という確信と信頼(自己効力感)が重要です。自己効力感が不足していると「どうせ自分にはできない」と思い込んでしまい、行動を起こす意欲が減退し、新しいことに挑戦することが難しくなります。結果として、自分の成長の機会を逃すことが多くなります。

 自分は大切にされている存在だと感じる(自己肯定感)ことで、ありのままの自分を認め、受け入れることができます。「失敗して周囲から笑われたりしたらどうしよう」と自己肯定感が不足した状態ですと、他人の意見に依存しがちになり、決定も他人に任せたりすることが増え、主体的な行動がとりづらくなります。

 AIは様々な文章や画像・動画を作ってくれます。人間がイチから考えなくてもよいケースも増えてきました。しかし、人間が持つ「言語化する能力」はますます必要になるでしょう。問いや目標をたて、考える力、考えたことを言葉にして、他者にわかりやすく伝える力は、AI時代には更に必要とされていくと思います。

 そのためにも自己肯定感・自己効力感の育成は重要です。激変する社会への対応策として、自己肯定感・自己効力感が高い生徒を集めるのが「プレゼン型入試」なのです。「プレゼン型入試」は数値化できない子どもの隠れた能力や資質を「引き出す」という側面があるのです。

「プレゼン型入試」の狙い

 私見ですが、子どもたちにとっての広い意味での「勉強」とは、目の前にある課題や目標に向かって全力で頑張る練習であると思います。目の前にある課題や目標に向かって全力で頑張る練習は、何も算数や国語といった教科学習に限ったことではないでしょう。読書や絵画、サッカー、ピアノ、鉄道研究などでもできることです。目の前にある課題や目標に向かって全力で頑張るのは、入試が過ぎたら終わるものではなく、入試が終わってからこそ、更に必要な姿勢です。

 どんな子どもでも「好きな」ことがあります。「好きな」ことを伸ばしていくことで「得意」になります。好きこそものの上手なれと言いますが、「好き」×「得意」なものこそ、その子どもが授かった賜物ともいうべきものでしょう。「好き」×「得意」なものを伸ばしていくことは、スペシャリストへの道につながっていきます。

「プレゼン型入試」では口頭試問(「面接」と称している学校もあります)が行われます。世界の大学入試では口頭試問は一般的ですが、中学受験でも増えていくように思います。ダイレクトに受験生の思い・活力・熱意や行動力がわかるからです。このような精神と技術の資質能力があれば、中高6年間を通して大きく成長する可能性が十分にあります。

 教育評論家の石田勝紀氏は、「勉強以外の尺度で自己肯定感が満たされると、偏差値も上がり出す」と述べています*³。また、2016年以来「ポテンシャル入試(プレゼン型入試)」を行っている中村中学校の江藤健教頭先生も筆者の取材に対して「ポテンシャル入試で入学してきた生徒は何かに打ち込んできた集中力があるので、その集中力を教科学習に向けて伸びていく」とおっしゃっていました。

 一芸に秀でる者は多芸に通じるといわれますが、「プレゼン型入試」で入学してきた生徒は、個々の強みを育んできた精神と技術の資質能力を教科学習に転用するきっかけを得れば、教科学習の成績も伸びるということでしょう。

 また、「教科型入試」とは異なった基準で入学する生徒の存在により、生徒のタイプが多様化し、学校の授業や諸活動の活性化・多様化につながっていると宝仙学園順天堂大学系属理数インター中学校の先生も筆者に話してくださいました。

*³ 石田勝紀氏「偏差値を上げたいなら勉強以外の尺度を探せ

「プレゼン型入試」は親子の受験

「プレゼン型入試」は、教科学力を問わないタイプの試験であっても、受験準備不要で合格するわけではありません。「教科型入試」とは異なる事前準備が必要です。準備には保護者もかかわることになります(中学校側でも想定済みのようです)。

 準備をする過程は、子どもが何をどのように頑張ってきたのか、その過程で何を学んできたのか、困難をどう乗り切ったのか、今後にどう活かしていきたいのか、これまでの小学校生活を振り返り、中学・高校・大学と続く将来についても保護者が子どもと一緒に考える機会となります。他の子どもとの比較ではなく、我が子がどれだけ成長したのか、どれだけできるようになったことが増えたのか、子どもの持ち味は何なのかを、『言語化』することで保護者自身が再認識するきっかけにもなると思います。一緒に準備して『言語化』したことを子どもに伝えることは、子どもの自己肯定感や自己効力感を高めることにもなるでしょう。

 潜在能力や活動姿勢を評価する「プレゼン型入試」で合格を勝ち取って入学した生徒たちは、「自分が小学生時代に頑張ってきた活動と、頑張ってきた自分が認められた」という、大きな自己肯定感・自己効力感を持って入学し、その後の学校生活に毎日生き生きと励んでいるといいます。

数多くの「モノサシ」の登場は受験生にとって朗報

 もちろん、コツコツ努力を重ねて目標に向かって頑張ったり、先生の教えを素直に聞いて計画的に学習したりする子どもは「教科型入試」という「モノサシ」で中学受験に臨むと良いでしょう。今後数年間はこの「モノサシ」での入試が主流であることには間違いありませんし、他校との併願戦略も立てやすいのです。

「プレゼン型入試」のような、新しい「モノサシ」による入試は、全中学が導入しているわけではありませんし、募集人数も少ないのが現状ですが、2025年度から東京純心女子中・国士舘中・専修大学松戸中・西武学園文理中などが「プレゼン型入試」を新規導入しました。ここまで述べてきたような背景を考えると、2026年度以降も実施校や募集人数も徐々に増えていくと思われます。

 我が子の持ち味が「プレゼン型入試」で活かせそうに感じる保護者は、中学受験方式の一つの選択肢として心にとめておき、各校のHPや説明会で調べてみると良いでしょう。中には、宝仙学園順天堂大学系属理数インター中学校のように「日本一入試方式が多い中学」*⁴として、数多くの「モノサシ」を用意している中学校もあります。

 我が子にあった「モノサシ」で中学受験ができ、その子どもの良さが認められて入学する機会が増えるのは、中学受験を考えている子どもや保護者にとって良いことではないでしょうか。
*⁴ 宝仙学園順天堂大学系属理数インター中学校 「2025年度 入試一覧リーフレット」