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O-157危機を「解雇・減給なし」で乗り切ったもやし会社の英断

曲沼美恵 [ライター]
【第10回】 2016年10月6日
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無漂白もやしで勢いに乗り、国内トップクラスの野菜工場で成長を続けるサラダコスモ。36年黒字経営を続ける同社最大の危機は、1996年夏にあった。

この年、世間を騒がせたのは大腸菌「O-157」による食中毒事件である。カイワレ大根が感染源と報道されると、風評被害が広がり、売上高が20%も落ち込んだ。28歳で社長に就任して初の売上減という事態に、社長の中田智洋氏はどう立ち向かったのか。

前回に続き、シリーズ2回目は中田氏が下した常識破りの「決断」をテーマに、話を伺っていく。

O-157騒動でパニック状態に
社員をやる気にした「かっこいい挨拶」

サラダコスモ・中田智洋社長 Photo by Toshiaki Usami

――サラダコスモと言えば知られているのが、96年に起きた大腸菌「O-157」騒動の時の中田社長の決断です。ふつうなら、リストラしてもおかしくないほどの事態なのに、「解雇は一切しない」「給与もカットしない」と社内で宣言された。かなりの英断だったと思うのですが。

 「食中毒事件に関する大きな報道がありまして、その1ヵ月後くらいでしたか、社内でミーティングをしました。正直に言うと、直前まで迷っていたんですよ。社員に何を話すべきか、と。

 ……ちょっと話は変わりますけれど、仏教の世界では、心と体はべつものだという考え方があるんです」

――心と体はべつもの?

 「私が卒業した駒沢大学は仏教の教えと禅の精神を建学の理念としていまして、当時は毎週、90分間の仏教学という必須科目があったんです」

――ああ、なるほど。

 「これもまた昔の話になりますが、本音を言えば、会社を継ぐよりも教員になりたかったんです。なぜ駒澤大学を受験することになったかというと、田舎のちっちゃな村でしたから、母親がお寺の和尚さんのところへ相談に行ったわけです。村で大学を出た人と言えば、当時は和尚さんくらいしかいなかったもので。

 そしたら、その和尚さんがたまたま駒沢大学の出身で、いい大学だよとアドバイスしてくれた。私は当時、東大も早稲田も知らなかったくらいでしたから、素直にああ、そうかと。商業高校でしたけれど成績は良好で、経済学部に入ることができました。入ってから、これは仏教系の大学だなと気がついた。丸刈りの学生さんがやたら多かったんです(笑)」

 過去に受けた数々のインタビューで、中田氏は「学生時代に聴いた仏教講義は、その後の人生観に相当な影響を与えた」と語っている。しかし、その仏教観と「解雇も給与カットもしない」という決断がどう結びついているのか、実際に会って話を聞いてみるまでは、よくわからなかった。

 考え込んでいると、中田氏がこう続けた。

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曲沼美恵[ライター]

1970年生まれ。大学卒業後、日本経済新聞社に入社。2002年からフリーに。近年はビジネス誌やウェブサイトで、ルポルタージュやインタビュー、コラム等を執筆。近著に『メディア・モンスター:誰が黒川紀章を殺したのか?』(草思社)がある。仕事に関する情報はブログでも紹介中。「ニュース」より「人」に興味あり。

 


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