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佐高 信の「一人一話」

「したたかと言われて久し」中曽根康弘

佐高 信 [評論家]
【第60回】 2016年12月5日
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叩きつけられた絶交状

 中曽根康弘に関わって、中曽根より1歳下の伝記作家、小島直記に速達の絶交状を叩きつけられたことがある。拙著『佐高信の斬人斬書』(徳間文庫)の次の部分が小島の逆鱗に触れたのだった。

<戦争に行かなかった人や行っても悲惨な目に遭わなかった人ほどタカ派になる。「経営者の戦争体験」の取材をしていて、大和投資顧問会長の坂田真太郎の話になるほどと思った。坂田は学徒出陣で兵隊にとられ、入隊して「主計になる試験を受けたい者は前へ」と言われて、前へ出たら、下士官から猛烈な勢いで殴られた。主計というのは、つまり、経理係であり、前線に出なくてすむ。わが中曽根康弘クンは、その海軍主計少佐だった。>

 これについて小島は、中曽根の弁護をするつもりはないが、自分も海軍主計大尉だったので「主計」そのものについての浅い斬り方を許せない、と激昂してきた。本来ならば、同期の戦死者に代わってあなたをブン殴るところだ、ともあった。

 それに対して私は、問題の著書の別の頁の「若い人がもの知らずにアレコレ言うのを恫喝したら批評精神は死ぬ」という木下恵介の言葉を、ただ読み返すだけです、と返事を書いた。

 小島がどんなに怒ろうとも、私は中曽根について「主計に逃げた」という印象を消せなかった。中曽根自身が『政治と人生』(講談社)で、海軍短期現役補修学生制度(いわゆる短現)に言及し、「陸軍に行くと一等兵から始めて上等兵の靴を磨かなくてはならないが、海軍の主計科は経理学校に入ると同時に中尉である」と書いているからである。

フランス語で『パンセ』を読む

 私は中曽根に1度だけ会ったことがある。『俳句界』の社長姜キ東(※キは王編に「其」)が、私がホストの対談に、俳句をつくる中曽根に出てもらえないかと言って来て、中曽根の側近をもって任じる村上正邦に紹介を頼んだ。数年前のことである。

 だったら、中曽根が講演する明治記念館に来い、と言われ、指定された時間に出かけた。控え室での中曽根は黒ずくめの男たちに囲まれていた。私が入って行くと、彼らがみんな、場違いな奴が来たな、と硬い雰囲気で迎える。その時、村上が大きい声で「ああ、サタカさん、サタカさんは左だけどいい人だ」と叫んだ。

 それで少しは場の空気もなごんだが、中曽根に紹介され、返事はあとで、と言われる。

 結局、秘書から断りの電話が来たのだが、それまで、かなり激しく中曽根批判をしていただけに致し方ないだろう、と思った。

 そう伝えると村上は、「何だ、中曽根も料簡が狭いな」と笑っていた。

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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