社会貢献とはつまるところ、「貧困の撲滅」であるともいえる。途上国における饑餓、伝染病の蔓延、教育の欠如、大きな自然災害などさまざまな問題も、貧困が原因であるといっても過言ではない。さらに、グラミン銀行のユヌス氏も指摘しているように「貧困は人の尊厳を奪う」。尊厳を奪われた人は絶望するか、偏狭な思考に陥り差別を生む。絶望も差別意識も国や地域の活力を殺ぎ、さらなる貧困を生む。貧困は強い下方圧力があるので、放っておけば負のスパイラルから抜け出せない。
日本でも多くの社会問題が生まれている。年金問題にせよ、非正規雇用の問題にせよ、年間3万人といわれる自殺者の問題にせよ、その根本の原因はこの国が貧困に向かっているからだと思う。雇用問題は現実的に経済の問題だが、自殺者や虐待などの心の問題も、経済的な衰退が多くの日本人から尊厳を奪っている、そこに大きな原因があるだろう。
最近はGDP神話からの脱却を唱える人も増えているが、経済が衰退することでよいことは何もない。収入が減ったとき、生活はレベルを落とせばいいだけの話だが、尊厳を奪われることは希望を失うことを意味する。非正規雇用の本質的な問題は、正社員との生涯賃金の差ではない。賃金格差を生む、その経済の構造が非正規雇用の人たちから尊厳を奪っている。そこに本質的な問題がある。昔は、貧乏でも尊厳を持って生きていた人がたくさんいた。いまは、それが成り立たなくなった。そこが日本や欧米先進国の大きな問題なのだろう。
慈善から投資へ。
社会貢献に新たなお金の動き
貧富の格差の話をすると、富裕層から貧困層への「所得の移転」しか考えない人も多い。特に、リーマン・ショック以降、そのような言説が増えてきたように思える。しかし、たとえば高率な所得税によって富裕層から多額な税金を取り、低所得者層にばらまいてもたいした効果が得られないことは、社会セクターでは常識になっている。必要なのは慈善ではなく「投資」だ。アフリカの貧困をなくすために最も有効な方法は、先進国からの援助をやめることだと主張するエコノミストも登場するくらいで、「慈善から投資へ」という流れは、社会セクターでは完全なメインストリームになっている。
国の政策も慈善型から投資型へと移行すべきだと思うのだが、それはさておき、今時の社会貢献は投資効率という視点は外せない。数多くの社会起業家やNPO/NGOが教育支援に力を入れるのも、それが最も効果の高い投資だから。ソーシャル・ビジネスという概念も、慈善から投資へというパラダイムシフトの流れから生まれてきた。
社会セクターが投資という概念を重視する時代なので、そもそもが投資を仕事にしてきた金融業界も、金融の力を使って社会にインパクトを与えようという動きも出てくる。「SRIファンド」(社会的責任投資ファンド)という概念も生まれ、環境や社会によいことをしている企業に投資するスキームも生まれてきた。現在、SRIファンドの残高は、世界で数百兆円あるといわれる。4000兆円が動くといわれる世界の投資マネー全体では、まだまだ少ないとも言えるが、その規模は年々拡大しているという。
そのような流れの中で『インパクト・インベストメント』という概念も生まれてきた。貧困や環境など社会的課題の解決を図ると同時に、経済的な利益も生み出す投資のことで、従来のSRIとの違いは、より積極的に「社会に前向きなインパクトを与えること」を目的としているところにある。
SRIファンドは、現実的には軍需産業や環境に負荷をかける企業など、CSRの観点から適当でない企業には投資しないという、ネガティブな視点からの投資になっている。世界の貧困撲滅の有効な手段として考えられているマイクロファイナンスや、途上国の教育支援、環境への取り組みなどに、直接お金がまわるわけではない。
そこで、もっと直接的にこれらの活動を支援するための投資を行なう、そのことでもっと大きな社会的インパクトを実現することを目的として生み出されたのが『インパクト・インベストメント』だ。2009年9月に開催された第5回クリントン・グローバル・イニシアティブで、グローバル・インパクト・インベスティング・ネットワーク(GIIN)が立ち上がり、世界的にこのコンセプトが認知されるようになったという。