「幸せ食堂」繁盛記
【第四十回】 2016年12月22日 野地秩嘉

トータルなバランスの良さで勝負する
神田小川町のとんかつ屋で
揚もの三昧の宴会を!

衣は食欲をそそるきつね色、肉の中心は薄いバラ色

 ポンチ軒は神田小川町にあるとんかつ、揚げものの店だ。店名は昭和4年(1929年 世界恐慌の年)に、とんかつを和定食スタイルで出した御徒町の洋食店「ポンチ軒」に由来している。

 店内に昔のポスターを貼り、ノスタルジックな雰囲気にしているのも、現在のとんかつ定食スタイルを作ったポンチ軒への敬意のあらわれだろう。

 出てくるとんかつはいずれもオーソドックスなものだ。使っている肉は上(ロース1200円、ヒレ1300円、単品)がメキシコ産のチルド豚で、特(ロース2000円、ヒレ2100円、同)は沖縄県産豚。豚に桃や栗を食べさせたなどの、いわれのあるものではない。普通の豚肉だ。生パン粉は特製。通常の食パンからできたものよりも、糖分、塩分が少ない。そのため長時間、揚げても衣が焦げたりしない。

 一般のとんかつ店では揚げ油にラードまたはサラダ油を使っているが、ポンチ軒はコーンオイルとごま油のブレンド。出てきたときに、ほのかにごまの香りがする。

 肉につける打ち粉もポイントだ。小麦粉をはたいて溶き玉子につけるのではなく、店主が選んだバッターミックスを使用している。バッターミックスは小麦粉、玉子を混ぜたもので、衣がはがれにくく、肉と衣の間の充填物が多くなることがない。

 同業店では豚肉の産地、飼育法を声高に主張するところがあるが、ポンチ軒は肉、油、打ち粉、パン粉をトータルで選んでいる。衣は食欲をそそるきつね色で、分厚い豚肉の中心部は薄いバラ色だ。

 ステーキでも、まぐろの寿司でも、肉やまぐろだけが超高級品だからといって、できあがった料理がすごくおいしいわけではない。料理はトータルなバランスのたまものであり、作る前から完成品をイメージして、材料を集めてくることが料理人の力だと思う。

 
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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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