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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

遺書を用意して旅立った
昭和31年の欧米視察

北 康利 [作家]
【第41回】 2017年1月25日
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復員から10年、
欧米視察を決意する

 「我々はこれから世界一の下着メーカーを目指す。最初の10年で国内市場を開拓し、次の10年で国内における地位を確立する。70年代、80年代は海外市場へ進出し、90年代には世界企業を実現するんや!」

 それは昭和25年(1950年)の正月、忘れもしない経営状態最悪の時に、社員の気持ちを奮い立たせる目的もあって発表した“50年計画”だった。

 計画も身の丈に合わなければほら吹きで終わるのだが、幸一の場合、ぶかぶかな服に自分の体を合わせていくようなところがあった。

 最初の10年、これまで見てきたように何度も倒産の危機があったわけだが、なんとか国内市場を開拓するという第1目標を達成し、さらに第2目標の“次の10年で国内における地位を確立する”ことも視野にとらえつつある。

 彼は“70年代、80年代は海外市場へ進出”するという夢の実現に向け、スケールの大きな動きを見せ始める。

 その第一弾とも言えるのが、下着ブームに沸く昭和30年(1955年)、アメリカのワーナーブラザーズ社と折半で日本ワーナーブラザーズ社を設立したことだ。

 実はこの話は、かつて提携していたエクスキュージットフォーム社の副支配人だったリチャード・ソリアーノが持ち込んだものであった。幸一の経営手腕を見込んでのことである。それを好機として、幸一は海外のファウンデーション作りのノウハウを、これまで以上に積極的に吸収していく。

 そして昭和31年(1956年)、彼はさらに次の布石を考えていた。

 (欧米諸国をしっかりと自分の目で見ることによって、和江商事がこれからどういった道に向かっていくか、自分なりのイメージを持っておきたい)

 自分が徴兵されたとき、アメリカの豊かさなどほとんど知らされていなかった。精神力でなんとかなるという幻想を抱いて再び戦うつもりはない。彼は負けられない戦いを前に、アメリカを自分の目で見たいという欲求を抑えることができなかったのだ。

 目標とする会社のイメージを持たずにがむしゃらに突き進んでいくのは無駄が多い。日本ラバブルやエクスキュージットフォーム社の日本工場は見学したし、彼らのセールスレディも目の当たりにしたが、やはり本場を見ておきたいと考えたのだ。

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

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