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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

気まぐれ女性秘書に翻弄された
屈辱のアメリカ視察

北 康利 [作家]
【第42回】 2017年2月1日
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“すごい、まったく凄い”
と喜んだのもつかの間……

羽田空港から飛び立つ幸一(1956年6月16日)

 昭和31年(1956年)6月15日(金)午後9時30分、幸一は羽田空港からアメリカに向け、日本航空の飛行機で飛び立った。

 ちょうどジェット機が導入される端境期にあたり、彼が乗ったのはプロペラ機のダグラスDC7である。座席数100席ほどの小さな飛行機だ。航続距離が短いからハワイまで一気には行けず、日本とハワイの中間地点にあるウェーク島で給油することになる。

 興奮もあって眠れないまま朝を迎えた。ウェーク島に到着し、殺風景な休憩所で朝食。隣の老夫婦から話しかけられたが、チンプンカンプンで、笑いながら英語ができないと手を振ることしかできなかった。

 ここで米国の飛行機に乗り換え、再び機上の人となった。羽田からハワイまで、ウェーク島での2時間の給油時間を含めると20時間近くかけ、ようやくハワイ空港に到着した。

 ハワイ在住の日系人の迎えの車でワイキキの海辺のホテルにチェックインしたが、日記には“すごい、まったく凄い”という言葉が頻出する。ここまでは万事予定通りだった。

 サンフランシスコの空港に着いてからが大変だったのだ。

 他の乗客の後をついて行ってなんとか入国審査をパスしたが、迎えに来ているはずの元吉の姿が見えない。ホテルの手配などがあるから先に現地入りさせていたのだが、待てど暮らせど姿を見せない。

 あきらめた幸一は、やむなく一人で空港の外に出ることにした。

 空港から市内行きのバスがでている。これに乗って終点に着いたが、さあここからが大変だ。勇気を鼓舞して地元の人に道を聞いた。

 「プラザホテル?」

 宿泊先に予定していたホテルの名前だ。

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

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