学校などで人が交通事故にあった映像を見せられ、「道路を飛び出してはいけない」と教えられた人は多いのではないだろうか。子どもが交通事故にあわないように、事故がいかに怖いものなのか説明する親もいるかもしれない。このような教育法を「スケアード・ストレート」と呼ぶ。しかし、『「原因と結果」の経済学』の著者、中室牧子氏と津川友介氏によれば、この教育法は意味がないどころか、逆効果を生む可能性すらあるという。詳細を聞いた。

子どもを怖がらせることは
躾として効果があるか

恐怖で子どもをしつけても意味がない(写真はイメージです)

 アメリカには「スケアード・ストレート」という教育法がある。子どもに「恐ろしい」(スケアード)と感じさせることで、正しい行動(ストレート)をとることの必要性を学ばせるものだ。交通事故の現場を再現して交通ルールの重要性を学ばせたり、非行少年に刑務所を見学させて更生を促したりすることが「スケアード・ストレート」の例である。

 日本でも「早く寝ないとお化けが出るよ!」と言って子どもを寝かしつける親がいるから、「スケアード・ストレート」はアメリカに限った教育法ではないのだろう。

 しかし、アメリカでこの「スケアード・ストレート」なる教育法が特に有名なのには理由がある。この教育法を体験したある若者グループが犯罪に関わらなくなったということが1970年代にテレビ番組で報道されたのだ。

 それ以来、多くの人が「スケアード・ストレート」には若者の犯罪を抑止する効果があると認識してしまった。

 これは、「スケアード・ストレート」を受けた前後で単純に比較している(「前後比較デザイン」と呼ぶ)。しかし、この方法では、「スケアード・ストレート」と「犯罪に関わる確率」の関係が因果関係なのか相関関係にすぎないかを明らかにすることはできない。

因果関係……2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じる関係のこと。「スケアード・ストレート」と「犯罪に関わる確率」の関係が因果関係の場合、「スケアード・ストレート」による指導を受けた子どもは犯罪に関わりにくくなくなる。
相関関係……一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、原因と結果の関係にない関係のこと。「スケアード・ストレート」と「犯罪に関わる確率」の関係が相関関係にすぎない場合、「スケアード・ストレート」による指導受けても、それによって子どもが犯罪に関わる確率が変わることはない。

単純な前後比較では
因果関係を評価することはできない

 なぜ、前後比較デザインを使うことができないのだろうか。理由は2つある。1つ目は、時間とともに起こる自然な経時変化(トレンド)の影響を考慮することができないからだ。

 1970年代のテレビ番組の例で言うと、単にその若者グループが大人になったので、今までやっていたような非行行為がバカらしくなり、単に「大人になった」ため、犯罪に関わらなくなっただけかもしれない。

 そのため、「スケアード・ストレート」を受けたかどうかにかかわらず生じていた「トレンド」を、あたかも「スケアード・ストレート」の効果と勘違いしてしまうリスクがある。

 2つ目は「平均への回帰」の可能性である。これは、データ収集を繰り返していると、たまたま極端な値をとったあとは、徐々にいつもの水準に近づいていく、という統計的な現象のことだ。

 テレビ番組のために集められたのが特に非行が激しい若者だったとすれば、「平均への回帰」の影響で、犯罪に関わる確率が次第に同世代の若者の平均に近づくかもしれない。

因果関係があるかどうかを
調べる最良の方法「ランダム化比較試験」

 研究者らが「ランダム化比較試験」(第3回を参照)という方法を使い、「スケアード・ストレート」と「犯罪に関わる確率」の関係が因果関係か相関関係のどちらなのかを明らかにしようとした。

 この方法では、研究の対象者となる若者を、「スケアード・ストレート」を受講するグループ(「介入群」と呼ぶ)と、受講しないグループ(「対照群」と呼ぶ)にランダムに割り付ける。

 ランダムに割り付けることによって、若者や親は「スケアード・ストレート」を受けるかどうかを自分の意思で選択できなくなる。その結果、「犯罪に関わる確率」に影響を与えそうなほかの要素が似たもの同士になり、両者は「比較可能」になるのである。

 この状態で、将来の犯罪への関与の差を取れば、「スケアード・ストレート」と「犯罪に関わる確率」が因果関係なのか相関関係なのかを明らかにすることができるというわけである。

「スケアード・ストレート」を
受けた若者は犯罪に関わる確率が高かった

 ランダム化比較試験の結果、おどろくべきことに「スケアード・ストレート」を受けた若者は、その後の人生で犯罪に関わる確率が高かったことが示唆されたのだ。

 このプログラムは一見効果があるように見えるが、決して若者を更生させる力をもたないばかりか、かえって彼らを犯罪者にする確率を高めているということになる。

 安易に前後比較デザインを用いて政策を評価することは「スケアード・ストレート」のように期待した結果が得られないどころか、むしろ社会的な害悪となる可能性がある政策を高く評価してしまうということになりかねない。

 日本でも「ゆとり教育」のように、いきなり全国展開した後に、流行が廃れるように終了し、その後は前後比較デザインに基づく評価しかなされていないという政策が山のようにある。

 因果関係を検証することなしに、一見すると効果があるように見える政策を実施することは、何よりもその政策によって影響を受ける子どもや親に大きなリスクを負わせているのだということを忘れてはなるまい。

参考文献
P etrosino, A., Turpin-Petrosino, C. and Buehler, J. (2003) Scared Straight and Other Juvenile Awareness Programs for Preventing Juvenile Delinquency: A Systematic Review of the Randomized Experimental Evidence, Annals of the American Academy of Political and Social Science, 589, 41-62.
Farrington, D. P. and Welsh, B. C. (2005) Randomized Experiments in Criminology: What Have We Learned in the Last Two Decades?.  Journal of Experimental Criminology, 1 (1), 9-38.