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連載経済小説 運命回廊
【第12回】 2011年5月16日
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村上卓郎

最憶是杭州

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【前回までのあらすじ】
マレーシア駐在の任を解かれた幸一は、日本の三栄木材本社に呼び出された。岩本社長から言われたのは、クビではなく、正社員として中国・大連へ行くことだった。中国ビジネスに不安を抱く幸一をサポートするのは、どこか翳のある隆嗣。幸一は隆嗣の冷たい対応に微かな嫌悪感を感じていた。
遡ること18年前、隆嗣は留学生と中国人学生たちとの交流を通じて、立芳との距離を縮めていった。

(1988年8月、杭州)

 夏休みに入り、帰郷する立芳と一緒に、隆嗣も上海から杭州への特快火車(特急列車)に乗り込んでいた。確保した座席は木製ベンチの硬坐(2等車両)で、乗って1時間もすると尻の痛みに耐えかねた。汗拭き用に持参していたハンドタオルを間に合わせのクッション代わりに敷いていたが効果はない。

 学生だからと遠慮する立芳を無理にでも説得して軟坐(1等車両)にすればよかったと後悔したのは、椅子の硬さだけではなかった。

 通路にまで人々が座り込んでいる満員の熱気が、夏の暑さを倍化させてTシャツに汗が滴る。それに、車両内でお構いなしに方々で立ち上る中国製煙草の煙と、汗と埃が混じった表現のしようもない臭気が充満している。隣に座り隆嗣の手を握る彼女の存在がなければ、彼はとっくに逃げ出していた。

 「ねえ、ウォークマン持っているんでしょう? 一緒に聞きましょう」

 隆嗣は彼女の求めに応じてプレイスイッチを押し、ステレオイヤホンのLとRを片方ずつ互いの片耳に付けて音楽を聴いた。曲はいつもの『エンドレスサマーナイツ』。リチャード・マークスは、彼女のお気に入りになっていた。

 終わりなき夏の夜を追憶する、失恋の苦さを伝えるこの曲を一緒に聴くのはどうかと思ったが、彼女の希望に応じて耳をこの歌声に委ねた。そして、ふたりの視線は車窓越しに見える果てしなく続く平坦で起伏のない大陸の光景に向けられていた。

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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