“経営の神様”として知られる松下幸之助の妻、「松下むめの」の生涯を描いた感動の物語『神様の女房 もう一人の創業者・松下むめの物語』が刊行された。10月から、ジェームス三木脚本、常盤貴子主演でNHKのドラマ化も決定。すでに大きな話題となっている一冊だ。
著者の高橋誠之助氏は、幸之助・むめの夫妻の最後の執事として、二人に臨終まで仕えた人物である。松下幸之助には数多くの著作・評伝などが残されているが、夫人については実はほとんど知られていない。なぜ今、むめの夫人の物語を書こうと考えたのか。著者に聞く(聞き手:上阪徹。前編はこちら)。

夫妻が一緒に追いかけていたのは、「楽土」の建設

――幸之助さんほどの人が感謝した妻の行動というのは、どういうところに最も出ていたのでしょうか。

 主人に恥をかかせてはいけない、という強烈な意識でしょう。出しゃばらず、引っ込みすぎず、まさに中庸を貫く。その姿勢で外部に接する。私が私が〜、とやると、自分がみっともないだけではない。ご主人にも、みっともないことになる、ということを、むめの夫人は鋭く感じ取っておられたんでしょうね。

 では、それがなぜできたのか。幸之助さんもそうですが、自分の私利私欲のために、生きていたわけではなかったからなんです。これこそが、幸之助さん夫妻の志でした。

 夫妻が一緒に追いかけていたのは、「楽土」の建設だったんです。貧乏をなくし、みんなが豊かになって幸せに暮らせる国を作る。みんなの幸せを考える。自分だけの幸せじゃないんですよ。

 幸之助さんが「楽土」を目指し始めたのは、38歳のときです。以降、楽土をいかに建設するか、が幸之助さんのゴールだったんです。松下電器を大きくしようとしたのも、晩年に私財をなげうって松下政経塾を作ったのも、楽土を作るためでした。

 それ自体、一介の経済人の発想をはるかに超えた、とんでもないスケールの話ですが、それをしっかり受け止めたのが、むめの夫人だったわけです。

――幸之助さんに説得され、そういう境地になったのではなかった、と。

 そうだと思いますね。自分にしっかりした考えがないと、心底から共感はできない。会社をやっているのだから、もっと儲けてきてくれればいい、もっと贅沢させてもらえばいい、もっと早く帰ってこい、という奥さんだったら、描いたゴールに向かって一緒に走ることはできなかったでしょう。

 主人を立てる、という行動も、実は自覚がないとできないんですよ。旦那さんに強要されて、簡単にできるようなものではない。自分の考え方がないと。自覚して、意識して行動しないとできないんです。

――でも、主人を立てる一方で、後ろに下がって黙ってついていくわけではないんですよね。

 それが、むめの夫人のすごいところなんです。従順に後ろからついてくる。そんな頼りない女性なら、幸之助さんも不満だったと思いまず。ここぞというところで、きちっとフォローしてくれないと、7000人の前で「ありがとう」なんて言えない。心からの信頼はできないと思いますね。

 それがどういうものなのか、今回の小説で具体的に書いたわけですが。

「相談役に感謝する会」(大阪・ロイヤルホテル)で女子社員より感謝の花束を受け取るむめの夫人(1978年)