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福岡伸一教授が語るエピジェネティクス入門
【第1回】 2012年2月13日
著者・コラム紹介バックナンバー
福岡伸一 [青山学院大学教授]

【第1回】エピジェネティクスとは何か?
多額の研究費をかけた実験の失敗が
教えてくれた生命の謎

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巨額をかけた実験が失敗! そこから得たものは

――どうしてエピジェネティクスに興味を持たれたのですか?

 私は「生命とは何か」を長い間考えてきました。古典的な20世紀の分子生物学では、生命とは自己複製、つまりDNAが自分自身を増やしてコピーを広げていく仕組みだと説明されてきました。その自己複製だけに注目すると、生命が持っている動的な側面が見えにくくなると考えて、「動的平衡」という言葉を作りました。生命というのは動的平衡にある、つまり、色々なものが動きつつも相互作用によってある一定のバランスを保っている、その要素の関係を大事にしようという生物学を提唱しています。

 その中で、ある遺伝子情報を人為的に消去するという遺伝子操作を施したマウス、それをノックアウトマウスと言うんですけれども、それを作って研究を進めてきたわけです。あるAという遺伝子を壊せば、当然そのタンパク質が作れなくなるので、生命の仕組みはどこか故障が起こるはずですよね。その故障を調べることによって遺伝子Aの働きを調べようとしていました。

 でも、このノックアウトマウスを作るというのはなかなか大変なことで、3年とか4年ぐらい時間がかかって、一匹のマウスを作り出すのにポルシェ3台分ぐらいのすごい研究費がかかるんです。それをなんとかかき集めてきて作ったマウスが、全然異常がなくてピンピンして健康そのものだったわけです。

 そういうことを目の当たりにして、ようやくですね、単にある遺伝子がある作用をするというように、遺伝子と機能を1対1で対応して生命を考えるのは非常に単純化しすぎた機械論的な考え方で、遺伝子同士は互いにもっと動的に作用して、平衡状態にあることに気がついてきたわけです。

 多くの遺伝子は、それ単独で一つの作用を発揮してるんじゃなくて、いろんな相互作用によってその効果をもたらしています。だから、一つの遺伝子がなくても、それを代替する、バックアップするようなものが働いて、その働きを埋め合わせたり、バイパスが働いてそこを使わないようにしたりして、いつでもやりくりできるような自由度があります。

 動的平衡、つまり色々な遺伝子が色々な作用をしているという動的なことは、実は生物が遺伝子だけを受け継いでいるのではなくて、その遺伝子がどういうふうに働いていくかということも受け継いでいるからこそ、なせる技なんだというふうに考えました。だからエピジェネティクスという新しい生命の見方は、動的平衡の見方と非常に重なるところがあります。そういう意味で興味深いなと思っています。


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    福岡伸一 [青山学院大学教授]

    生物学者。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2007年に発表した『生物と無生物の間』(講談社現代新書)は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーになる。他に『ロハスの思考』(ソトコト新書)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『動的平衡』(木楽社)、『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)、『動的平衡2』(木楽社)など著書多数。


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