イオングループの岡田卓也会長からも、経営者としての視点を教えてもらった。とにかく先見性があって、ものの見方が大きい人物だ。

 まだ日本ではダイエーをはじめスーパーが右肩上がりの成長をしていて、百貨店もそごうや三越が地方に積極的に出店していた時代に、「どこも右肩上がりの経営計画書だけど、あれは危ない。アメリカの流通業は統合・廃業・倒産の歴史なんだ。今におかしくなるよ」と言っていた。私は「まさか…」と思って聞いていたが、実際にそうなった。

 また「これからはテナントの時代が来る」ともおっしゃっていた。「でも、日本には今、真のテナントは1社もない」と。当時は無印良品が注目されていたが、あれは“コーナーどり”であって、テナントではないというのだ。これも私には当時、ピンと来なかった。うちらも岡田さんのところの店の中で販売していたが、テナントが主役になる時代なんて絶対来ないと思っていた。

 同じ頃、マックスバリュにあったドラッグ売り場について、「会長、あそこを100円ショップにしたいんで、うちに貸してください」とお願いすると、「バカ野郎、おまえ何言ってんだ。テナント時代が来れば、ドラッグは大切なうちの武器になるんだ」と、貸してくれなかった。結局、岡田会長の言った通りになった。やはり見る目が違う。

 そういう名経営者に比べると、私は哲学というべきものは持っていない。どっちの道に進めば成功するかという決断を求められたときに、明確な判断基準など持ちようがないのだ。第1回でも書いたが、なにしろ「仕方ない」というのが一番好きな言葉なのだ。もしくは「行き当たりばったり」。これもいい言葉だ。

 だから、普通の経営者なら当然作る経営計画書というものを、ダイソーでは作ったことがない。商売の行方というのは、われわれではなくお客さんが決めるものだと考えているからだ。計画書を作ってそれに沿って商売が進むというのは、世の中全体がうまくいっているときだけだ。

 世の中も自分の人生も、半分は悪いことが起きるというのが普通と考えておいたほうがいい。日本の歴史を振り返っても、いいことだけが起こり続けたのは戦後の数十年だけだろう。政治家も官僚も、永久にいいことが起こり続けるという前提に立つから世の中をおかしくする。年金財政なんて、甘い見通しの下で計画し、放漫なことをやった典型だ。

 その点、私は学校を出てすぐ3年で夜逃げして、火事に遭ったり、職を9回も転々として、百科事典のセールスでは30人中27番で……自分は運にも能力にも見放されたという自覚から始まっている。「もうワシの人生にいいことなんか起こるはずがないんだから」と、大きな欲を持たないで、目の前のことだけを一生懸命やってきた。振り返ってみても、高望みしない、フライングしないというのが、結果的に一番だったと思う。

 結局、一歩一歩、昨日より違う変化と進化を積み重ねるしかない。その積み重ねが今日なのである。

(大創産業会長 矢野博丈)