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2018年3月に社長職を息子に譲った大創産業の矢野博丈会長。体力の限界を感じたと言うが、今も商品の企画品を手に取ると目の色が変わる。働き者としての哲学と、今後の展望を聞いた。(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)

自分は運が悪いと思ったから、大きな欲を持たずに地道に生きられた

──20年前まで、ずっと自分は運が悪いと思っていたという話が印象的です。 

矢野 大学を出てすぐ3年で夜逃げをして、自宅兼事務所が火事になったり、職を9回も転々としたから、その度に世の中はうまくいかないもんだ、と。特に夜逃げの時に、俺は運がないんだなと強く思ったんですよ。その後東京で百科事典のセールスを始めても、30人中27番だったんで、運だけでなく俺は営業能力もないんだなあ、と。運がないのは他力だからしょうがない。でも、営業する能力もなかった。運と能力に見放されたんで、もう人生なんて良いことが起こるはずがないんだと悟った。

 でも、結果的にそれが一番ありがたかったね。大きな欲を持たないで、目の前のことを一生懸命やるしかないと考えられる人間になった。

──高望みしない、夢を持たないというのは子どもの頃からですか。

矢野 学生時代はね、結構ずっと威張ってたんよ。ボクシングでは東京オリンピックの強化選手に選ばれたし、あの頃は自信満々だったね。必ず自分はひとかどの人間になれると思っとった。でも社会に出て現実を教えてもらい急に自信を失ったね。

──学生結婚をしてお子さんもいるし、家族を食わせていかなきゃいけないという責任感はあるわけですよね。

矢野 責任感はあるけど、できなかったね。親の援助がなければどうにもならんかった。本当にもう、食うことに精一杯で。運も能力もないから、食べるために目の前のことを一生懸命やるしか方法がない。