全米150万人の従業員を抱えるウォルマートは、ほとんどの米民間企業よりも充実した、有給育児休暇の付与を決断した。国家として有給の育休制度を義務化していない米国で、この動きはきわめて大きな意味を持つ。その背景には何があったのだろうか。


 ウォルマートは間もなく、ほとんどの米国企業よりも充実した有給育児休暇を付与する。同社の広報担当者によると、今年1月に発表された、実父母を対象とする新制度が3月1日から実施される。同社は養父母に対しても、すでに制度の拡充を進めている。

 これには重要な意味がある。なぜなら、米国はいまだに有給の育児休暇を義務化していない、たった3ヵ国のうちの1つであり、ウォルマートは米国最大規模の雇用主だからだ。全米150万人という従業員の人数は、十数州の人口を上回る。新制度は正社員のみに適用されるが、それでも対象者は数十万人に及ぶ。

 米民間企業の従業員で、何らかの有給育児休暇の制度を受けられる人は、わずか14%しかいない。したがって、いまやほとんどの米企業の従業員は、「ウォルマートで働いたほうが、もっと恵まれた育児休暇をもらえるよ」と言えるようになったわけだ。

 これは他の企業にとって――少なくとも理論上は――後に続かなければ、という重圧となる。実際、ウォルマートが新制度を発表した後、スターバックスも育児休暇制度をより充実させると発表した。

 ウォルマートの新制度では、時給制か月給制かを問わず、出産した母親には10週間、出産者でない親には6週間の有給育児休暇が与えられる。これは、ウォルマートが人材獲得で競合する他社の従業員よりも格段に恵まれている。

 たとえば、ヤム・ブランズは、タコベル、ケンタッキーフライドチキン、ピザハットなどを展開する大手雇用主だ。同社の時間給労働者は、店舗マネジャーの場合、出産した母親は6~8週間の有給育児休暇を取得できるが、実父はまったくもらえない(経営幹部はもっと長く取れるが、時間給で働く実父は一切もらえない)。

 では、マクドナルドはどうだろう。管理職の場合は1週間。そう、たったの1週間だ。時間給労働者はどうかといえば、やはり有休はまったく与えられない。

 しかし、ウォルマートのグローバル報酬部門シニア・バイスプレジデントであるジャッキー・テルフェアによれば、一連の施策は、他社との人材獲得競争のためではないという。

 これはむしろ、「弊社のアソシエーツ(従業員)に対する投資なのです。そして経営陣がアソシエーツに投資すれば、彼らも会社に努力を注いでくれます」。従業員にとってこの福利厚生がいかに重要かを、経営陣は理解したのだそうだ。「この制度がアソシエーツにとって重要であることを、我々は彼ら自身から教えられたのです」と、テルフェアは私に述べた。

 また、テルフェアによると、従業員の仕事が安定していれば、家庭もうまくいくことをウォルマートは心得ているという。そして家庭が円満であれば、仕事への意欲、パフォーマンス、生産性も向上する。換言すると、これはビジネスとしての意思決定なのだ。人材マネジメントの観点から育児休暇の拡充はきわめて道理にかなっている、というのが同社の見方である。

 それを裏付けるデータも存在する。ある調査によると、有給育児休暇があれば、出産した母親の職場復帰の可能性が高まるだけでなく、復帰後の労働時間も長くなるという。

 ウォルマートの施策が注目に値するのは、低賃金労働者だけが同社の有給育児休暇を羨望の眼差しで見つめているのではない、という点だ。より「エリート」な職場で働く人々にとっても、うらやましい話なのである。

 たとえばプリンストン大学は、給与全額支給の育児休暇が2週間のみ、ウェルズリー大学は4週間ゼネラルモーターズとフォードの場合、出産後の母親には両社とも6~8週間、父親には前者が2週間、後者はゼロだ。コングロマリットのカーギル(2週間)、ボーイング(3週間)、それにドラッグストアチェーンのCVSヘルス(6週間)の従業員も同様にうらやましがるだろう。