タクシーを降りてから、植田はしきりに周囲に目を配っている。マスコミを気にしているのか。植田はまだ、マスコミに追われるほど大物議員ではないはずだが。

 森嶋は植田に導かれてビルに入ると、エレベーターに乗った。

 5階には森嶋も名前を知っている中華料理屋がある。政治家がよく使うと聞いていた。店に入ると植田は従業員に軽く手を上げて、慣れた様子で奥に進んで行く。

 しんとした廊下の左右にはドアの付いた個室が並んでいる。たしかに政治家には人気がありそうだ。

 いちばん奥の部屋の前に立ち止まりノックをした。

「どうぞ」

 低い声が帰ってくる。

 中に入ると3人の男が座っていた。

 森嶋は思わず表情を引き締めた。正面の男は大野忠正衆議院議員、与党民友党の政調会長だ。他の2人は40代と30代に見える。40代は見た顔だが、名前までは思い出せなかった。2人とも議員バッジを付けている。

 3人は森嶋を見て、意外そうな顔をしている。

 森嶋は思わず植田に目を向けた。いちばん若い議員は明らかに不快そうな顔をしているのだ。

「僕は帰りましょうか」

 森嶋は植田に小声で言った。

 植田は大野の側に行って何やら話している。

 そのときノックと共にドアが開き、2人の男が入ってきた。

 1人は殿塚肇だ。野党第一党の自由党の重鎮だ。与党時代には財務大臣もやっている。年齢は70歳を超えているはずだ。

「お待たせしました。どうしても顔を出さなければならない会がありましてな。先に始めてくれてよかったんですが」

「我々も先ほど着いたところです。会というのは経団連ですか」

 殿塚と大野が挨拶抜きで親しそうに話し始めている。

 2人は与野党の関係で、このような場所で同席したことが公になれば問題になるはずだ。

 そのとき殿塚が森嶋に気付き、植田の方を見た。彼がこの会の幹事役なのだろう。