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加藤嘉一の「だったら、お前がやれ!」 思考停止のニッポンをぶった切る

中国生活に終止符
10年間を“棚卸”し、次なる戦場へ

加藤嘉一
【第18回】 2012年8月6日
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 8月下旬、私はアメリカに拠点を移す。ハーバード大学ケネディースクールで中国問題と米中関係に関する政策研究に挑むためだ。

 半年間暮らした上海を離れ、私はいま、9年間過ごした北京に戻ってきている。中国で合計約10年間過ごした思い出の地を離れるために――。

 私は中国で何を学び、何を達成し、何に苦しみ、どれだけ成長できたのか。この数週間は、これらを総括するための、“棚卸”の時間だった。

 実際の“棚卸”もほぼ済ませた。3000冊以上ある本をどうするかが一番の課題だったが、幸い北京の友人が倉庫を貸してくれることになった。家具は、ほとんど大家さんのものを使わせてもらっていたから、きれいにして整理しておけばよかった。服はほとんど持ってない。そもそも、買わないし、ブランド品にも興味がない。

 私は「自分自身がブランドになる」ことを少年時代から自覚してきた。市場から必要とされる人材になるために、時間やエネルギーを使うこと。自らの社会的価値が高まれば、それが即ちブランドになると信じている。そう信じて取り組んでいる男が、ブランドに“買われている”ようではダメだ。

 本連載のタイトルにもなった「だったら、お前がやれ!!」という文言を日々口にしていた亡くなった父が、ブランド物に夢中な私の姿を目にしたら、その場で私の頬をぶん殴り、おそらくこう言うだろう。

 「お前、何やってるんだ。調子に乗るのもいい加減にしろ。ブランド物を身に着けて、お前は強くなったつもりか。一人前になってから着けろ。足元を見るんだ」

天からの贈り物

 本や資料、名刺やランニンググッズを整理しながら、10年間、この地で駆け巡ってきた様々な光景が、走馬灯のように浮かび上がってくる。

 胡錦濤・温家宝政権と共に歩んだこの10年、中国社会にとっては改革・開放を推進していくプロセスだった。激動の時代は、何者でもなかった私にチャンスをくれた。天からの贈り物だったと思っている。

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加藤嘉一 

1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京を拠点に研究・発信を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。日本語での単著に、『中国民主化研究』『われ日本海の橋とならん』(以上、ダイヤモンド社)、『たった独りの外交録』(晶文社)、『脱・中国論』(日経BP社)などがある。

 


加藤嘉一の「だったら、お前がやれ!」 思考停止のニッポンをぶった切る

 「だったら、お前がやれ!」
この言葉が意味すること、それは「対案の無い無責任な批判はするな」ということだ。もともと、この言葉は加藤嘉一氏の亡くなった父の口癖だったが、加藤氏は自らの行動規範として常に心に留めている。相手に対して意見するとき、必ず自らに問いかける。
そんな加藤氏が今、憂いているのは、日本社会にあまりにも無責任な批判、意見、論評が多いということだ。本連載では、日本社会に蔓延る無責任な論評を、加藤氏の視点で切り込み、加藤氏なりの対案や考え方を示す。

「加藤嘉一の「だったら、お前がやれ!」 思考停止のニッポンをぶった切る」

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