また、日中両国関係に大きな悪影響を及ぼしている尖閣諸島の問題は、その後の野田政権の、あるいは中国の行動にも問題があったとはいえ、地権者から東京都が島を買おうとした石原都知事の行動に端を発している。

 本問題について、日本側にだけ問題があるという見方は正しくないが、政治的に余計な騒ぎを起こさずに、実効支配の強化を進めることが、日本としては得策だった。石原氏の行動が愛国的な動機によるものであったことは認めるとしても、その後の経緯は、日本の利益になっているようには思えない。彼の名前に慎重の「慎」の字がついているのは、悪い冗談としか思えない。

 石原氏にとって、その後の問題の推移は意図せざる結果だったのかも知れないが、経緯から見て、石原氏が問題に火を付けた形であるのは間違いない。

 しかし、石原氏自身から、「日本がどう対処すれば適切に問題を処理できる」かに関する方策が発信されていない。14億円以上集まったとされる尖閣諸島購入のための募金の始末を含めて、この件も「やりっぱなし」で失敗した場合にフォローがない。フォローがないのは、単に性格というよりは、能力的に「できない」のだろう。

 橋下徹大阪市長がしばしばツイッターで論敵に向けるような言葉で評するなら、政治家としての石原慎太郎氏は「勉強が足りない」し「実務能力がない」というべきだろう。

 新銀行東京の件が典型だが、石原氏は肝心な点を慎重に判断せずに、思いつきで物事を決め、話題だけつくって、取り巻き(おそらくは質の悪い取り巻きがいる)に任せてしまい、失敗しても責任を取らない。

 政治家として、国家の体制変革に取り組むにはまことに不向きな人材だ。

国家の体制変革には不向き?
それでも石原慎太郎に期待する

 政治家としての資質を酷評しておきながら、それでも石原氏に「期待」しなければならいところに、今日の日本の政治状況の困難が集約されているが、筆者は石原氏及び石原新党に対して、一定の期待を持っている(ちなみに、日本経済新聞とテレビ東京が行なった世論調査では、「期待する」と「期待しない」がほぼ拮抗している)。