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相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

矢祭町で見た“辞められない”カリスマ町長の苦悩
強いリーダーへの期待がもたらす「多選」に潜む弊害

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第57回】 2012年11月27日
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思い起こす過去の統一地方選
立候補者ゼロに悩んだ福島県矢祭町

 今から5年半ほど前のことだ。統一地方選挙の後半戦(市町村長選挙など)の告示が目前に迫り、事実上の選挙戦が各地で激しく展開されていた。日本列島はまさに地方選挙一色に染まっていた。

 そんな中、ある小さな町の動向がどうにも気になってしまった。現職町長が勇退を宣言しながら、町長選に名乗りを上げる人物がなかなか現れない。告示日まで2週間を切る時点になっても、誰も出馬表明しない前代未聞の状況が続いた。

 東京都知事選のような「後出しジャンケン」の探り合いではなく、町長ポストに意欲を示す人が本当に現れなかったのである。

 なぜ、そうした事態になったのか。これまで取材で何度もその町を訪れていたので、思い当たる節はあった。「そんなことになるのでは」と危惧もしていた。このまま立候補者が現れなかったら、町はどうなってしまうのかと心配になってきた。

 居てもたってもいられなくなり、日程を何とかやりくりしてその町に駆け付けた。「合併しない宣言」(2001年10月)を出し、行政と住民が結束して自立する地域づくりに取り組んでいる福島県矢祭町である。

 日曜の夜、矢祭町の定宿にたどり着いたちょうどそのときだ。偶然にも町の人たちが慌ただしく出入りする光景に出くわした。何やら重要な話し合いを密かに行なう風で、こちらから話しかけられるような雰囲気ではなかった。彼らの深刻そうな表情から大よそのことは察しがついた。

 翌日、日本一オンボロな庁舎といわれる矢祭町役場に向かった。

 「困ったー。困ったー。奥さんに強く反対されたようだ」

 町長室のテープで補修されたソファーに腰かけると、根本良一・矢祭町長(当時)は独り言のように語り始めた。

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相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

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